「道の駅 川場田園プラザ」にあるフレッシュチーズ工房KAWABA CHEESUの片岡恵子さんを取材した際(「月刊NOSAI」2025年11月号)、食事処や親子で楽しめる施設など、緑豊かな環境で地産地消を楽しめるという、よく練られた戦略に興味をもった。改めで取り組みを知りたいと話したところ、その場で段取りをしてくださり再訪することとなった。

 群馬県利根郡川場村は人口2928人 (令和7年9月末現在)。名前の由来にもなっているように「川の多い村」で、四つの一級河川がある。村全体の86%を占めるほど森林が多く、自然環境が豊かなことから、その景観と農業を生かした、観光に連携させる取り組みがされている。
川場田園プラザ 外でも優雅に食事ができる

「道の駅 川場田園プラザ」の2024年度の来場者数は約290万人。田園プラザ単体の売上は18億円、関連施設を含めると約23億円に達するという。

川場田園プラザは、2015年に全国モデル「道の駅」に選定され、「じゃらん」全国道の駅グランプリ2022・2023・2025で第1位に輝いている。

土日は家族連れや若い人が多く、東京から2時間で来られる「安近短」の立地が強みとなっている。入場も無料で、食事や買い物だけでも1日楽しめるため、家族での来訪が多い。7、8割が首都圏からの来客で、リピーターが多く、年間5、6回訪れる人もいる。また、中国や韓国、欧米からのインバウンド(訪日外国人旅行)も増加傾向にある。

自然豊かな「田園プラザ川場」。建築物も村の景観に配慮されている

来場が増え、駐車場はオープン当初の500台から1000台に増設された。さらに土日は、大型バス20台、乗用車150台分の役場駐車場も開放して対応している。混雑時はバスの乗降後に移動を促す案内係を置くなど、交通整理の工夫が行われている。

従業員は正社員50名、パート150人、そのほかレストランや工房などで50名、合計約250名が働いている。スタッフの多くは地域住民だ。

田園プラザの蕎麦店。屋根瓦で地元産木材が使われている。

自然のなかでゆったりとさまざまな食が楽しめる

顧客の満足度を高めるため、川場田園プラザでは繁忙期以外の冬場に3日間の特別研修や、プロ講師による研修を年1~2回実施している。個別に到達目標を設定し、それぞれの売り上げデータ作られ、担当者も把握できるようになっている。

「道の駅 川場田園プラザ」の広さは約6haで東京ドームの1.5倍。店舗が、それぞれ独立していて、好きな食事をゆったりした空間で楽しめるようになっている。
そば店「そば処虚空蔵(こくぞう)」、ラーメン店「麺屋 川匠」、生パスタ専門店「あかくら」、クレープやドリンクが楽しめる「カフェ・ド・カンパーニュ」、おにぎりの店「かわばんち」、ビールと食事の「地ビールレストラン武尊」、種類豊富なソフトクリーム「ソフトクリームCOWBELL」、ナポリスタイルのピザ「ピッツェリア ラコルト」、地元のフルーツやコンニャクを使った「甘味処 菓匠迦葉(あまみどころ かしょう かしょう)」、自家製のハム、ソーセージの店「ミート工房」など。

 食の提供や開発には、外部での実績のある人たちを積極的に雇用している。

 ロサンゼルスのラーメン店で修業していた日本人を幹部候補として採用。イタリアで修行したシェフを招き、フルコースやパスタなど本格的な料理を提供するなどだ。また、若手職員を海外研修に送り、フレッシュチーズやスイーツなど新商品開発にも取り組んでいる。

「そば処虚空蔵(こくぞう)」の蕎麦。群馬産蕎麦が使われている。

列のできる人気のおにぎりの店 

農産物直売所から新鮮野菜は農産加工品も販売

 施設内には、地元の農家420名が登録するファーマーズマーケットがある。これは農家から直接販売する場がほしいという要望に応えて生まれた。ほかに川場村の果実の加工品や地元のお酒などを販売する「川場物産センター」、川場村の果実から生まれたスイーツやヨーグルトなどが購入できる「カワバプレミア」、川場村の牧場で育った牛の生乳を使用しフレッシュチーズを作る「KAWABA CHEESE」や、同じくヨーグルトを作る「KAWABA YOGURT」、地ビールを手掛ける「KAWABA BEER」、パン工房「田園プラザベーカリー」などがある。

地元のリンゴと野菜などが並ぶファーマーズマーケット

レンタル自転車とキックボード

オンラインストアも設置されていて、オリジナル商品がホームページからも購入できるようになっている。

家族で楽しめる場には、無料で摘み取りができる「ブルーベリー公園」、山の斜面を利用して子どもたちが滑って遊べる「プレイゾーン」、ネットアスレチックで遊べる「HANETTA」、「ろくろ体験陶芸教室」などがある。また、施設内だけでなく周辺も楽しんでもらえるよう電動アシスト付きの自転車やキックボードの貸し出しも行っている。

観光協会に掲示されている川場村の地図と周辺のコース案内

川場村には、温泉やスキー場や公園、キャンプ場、体験農園、神社仏閣、酒蔵などがある。また、ぶどう狩りやりんご狩りができる場所もあり、農家の直売などもある。村全体でも楽しめるように広域の案内ガイドマップが一般社団法人川場村観光協会ホームページで紹介され、「奥利根の旅」という冊子も作成されている。川場田園プラザ内には観光協会の観光案内所があり、7名の職員で運営と対応をおこなっている。

川場村観光協会専務理事の宮内実さん

「川場村は、観光と地域産業の両輪で持続的な発展を遂げています。かつては過疎指定を受けた小さな農村でした。しかし村の人々の情熱と知恵、そして歴代村長たちの先見性によって「農業プラス観光」を軸とし40年をかけて独自の発展を遂げてきたのです」と宮内さん。

宮内さんは川場村の職員として勤め、副村長を経て、現在は観光協会の専務理事。歴代の村長とともに川場村の今までの成り立ちを観てきた方だ。
「現在の「株式会社田園プラザ川場」の代表取締役社長が永井彰一氏で、そのお父さんが川場村村長だった永井鶴二氏です。鶴二氏は、川場村にある創業1886年酒蔵、永井酒造の3代目です。1967年、31歳の時に川場村村長。その後4期 16年に渡り川場村村長を務め「アイデア村長」として名を馳せました。川場田園プラザができたときの村長が横坂太一氏。その後を引き継いで村を発展させたのが関清氏。それを引き継いでいるのが、今の外山京太郎村長です。鶴二氏の時から村長は6代になり、私その全での人にお付き合いしてきました」と宮内さん。

川場田園プラザの回遊型レイアウトの設計は、株式会社ラック計画研究所の当時の代表取締役所長・三田育雄氏に依頼。三田氏は村づくりやスキー場開発など、長年にわたり川場村のプロジェクトに関わってきた方だ。フランスやイタリアの農村景観を参考に、田園プラザ構想の中心的な設計を担当。景観や供給体制を考慮した設計をおこなってきたが。三田氏との関係は40年以上に及び、継続的な協力体制が築かれている。川場田園プラザの総工費は31億円だ。

川場田園プラザは、国土交通省が東日本大震災の経験を踏まえて選定した、災害時の拠点として活用可能な「防災道の駅」に選ばれている。約6ヘクタールの敷地に、消防・警察・自衛隊の資材置き場があり、活動拠点として機能する体制が整備された。防災機能強化にかかる国からの交付金を活用。平時は観光客向け施設として利用し、災害時には避難施設へ転用可能な体制を構築されている。

世田谷区からの学生たちの炊飯体験

農業・観光・教育交流・圃場整備

農業と観光を組み合わせた川場村の村づくの始まりは、1977年にホテルSL(現・ホテル田園プラザ)をオープンしたことだった。当時の村長・永井鶴二氏(永井酒造社長)が中心となり、過疎化対策として観光をサブ要素に加えた。ホテルSLは国鉄から無償で譲渡された蒸気機関車(D51系)や安価で譲渡された寝台車を活用し、村の観光拠点となった。ホテルを運営のため、役場職員が利用客の送迎のために大型免許を取得したほか、ホテルで料理を提供するために調理師を採用するなど新たな業務に従事した。その当時の年間観光客数は2万人程であった。

1981年、世田谷区が川場村と「区民建国村相互協力に関する協定(縁組協定)を締結。これは単なる姉妹都市関係ではなく、都市と農村の交流を目的とした取り組みだ。世田谷区を対象に「第二のふるさと」づくりを推進。世田谷区の小学生が2泊3日で川場を訪れ、田植えなどの農業体験を行う「健康村事業」が始まった。小学校5年生が2泊3日で農村体験できる施設を設立(1986年オープン)。世田谷区の公立小学校64校、年間約1万7000人の児童が利用し、滞在者数は年間5~6万人に達した。施設は150~200人収容可能な建物が2棟あり、子供たちや家族に人気で地域に根付いた事業となっている。
子どもたちが遊べる環境も作られている

世田谷区には、東京農業大学があり、地域環境学部教授・宮林茂幸氏(現在、名誉教授)が中心となって、30年以上にわたり里山塾などの体験型教育プログラムを実施。茅葺き屋根の修復や親子体験コースなど、年間を通じて基礎から学べる仕組みが整備されている。その後に、村内にNPO法人によるスポーツクラブが設立され、健康管理や高齢者の運動機会を提供。ターゲットバードゴルフ場、テニスコートなどの施設が整備されている。中学校のクラブ活動は地域主導へ移行する準備が進められている。サッカー、剣道、バレーボール、卓球、弓道、テニス、陶芸、歌謡など多様な活動が展開されている。
合併ぜずに自立した村づくりへ

1989年に「川場スキー場」がオープン。冬季観光の柱として期待された。しかしバブル崩壊後の経営破綻により140億円の負債を抱える。そのため村民や職員が自ら資金を出し合い、民事再生法を活用して再建。幾度もの経営交代を経て、現在は「日本スキー場開発株式会社」が運営し、安定経営を続けている。

来訪者増加に伴い、駐車場不足やトイレ問題などインフラ課題が発生した。24時間利用可能なトイレや休憩所、案内所の必要性が認識され、道の駅設立へとつながった。

小泉内閣下で三位一体改革が進んだ2005年頃、国は人口10万人以上の市町村合併を推進した。川場村は観光施設やインフラ整備を進めてきたが、合併による新たな借金負担を懸念し自主自立を選択。世田谷区との合併案も浮上したが、最終的には自立路線を宣言し合併協議会への参加を拒否した。沼田市を中心とした合併が進み、川場村・片品村・昭和村の3村が独立して残る形となった。農業や温泉など地域資源を活かし、合併せず自立する方針が確立された。

観光開発と並行して進められたのが、圃場整備である。山間部特有の狭い田畑を再編し、トラクターが入れる農地に改良。桑畑を撤去し、農道や水路を整備することで効率的な農業が可能になった。農業の近代化により、地域の基盤が強化された。整備は13年かけて行われ、1985年には90%以上の水田と70%以上の畑で完了。果樹団地(りんご、いちご、ぶどう、ハウス栽培)の形成も進んだ。村内で生産された農産物を加工・販売し、所得向上を目指す6次産業化の取り組みが進められている。
 
 生産した米を販売するため東京の卸売業者に持ち込んだところ、品質管理(精米選別)の厳格化を求められ、2014年にライスセンターを設けて個別精米も可能な体制を導入した。ブランド米「雪ほたか」の開発により、農家への渡し価格は60kgで3万2,千円に設定され、従来の価格から大幅に向上。雪ほたかは「全国食味分析鑑定コンクール」で金賞を15回以上を受賞し、全国的な評価を得ている。

ライスセンター

農家が育てた野菜や、育てた牛の生乳を使用した牛乳を販売できる場として、1993年「道の駅川場田園プラザ」は造られた。翌年にはミルク工房の営業を開始。その後、ミート工房、ファーマーズマーケット、蕎麦処、ビールレストランなどが営業を開始する。

「ビール工房の第2工場の増築事業だけでも5億円を投資しています。地元金融機関のシンジケート(協調融資)などから資金を調達。村の財産である建物を指定管理制度で運営し、地域や時代に合わせて施設の用途変更や新設を行っています。設備投資は発展的なものと位置付けています」と宮内さん。

どの施設も快適な空間になっていて、加工品も充実しているのは、設備投資もされてきたのだというのがわかる。しかし商品開発や販売が難しく経営は非常に厳しかった。

川場田園プラザの経営に力を注いできた永井彰一さんは、川場村生まれ。法政大学法学部卒業後、スキー場の設計に興味を抱きカナダへと留学し、現地でインストラクターやバスガイドとして働いていた。しかし、一時帰国した際に母親に頼まれ、家業であった永井酒造を継ぐことに。社長として酒造業に従事する傍ら、地元・川場村の要請により、2007年に株式会社田園プラザ川場社長へと就任。赤字続きで、経営の落ち込んでいた同社の道の駅の建て直しをすることとなり、酒造会社は弟に譲り、川場田園プラザの経営に専念した。

社長就任の条件として「村から口出ししない」「人事権を全て任せる」などを提示。社員教育を徹底し、トイレ掃除から始め、職場環境を改善。商品開発は自分が納得したものだけを販売する方針で新たな運営が始まった。

他地域との差別化を図り、現地でしか買えない商品づくりを目指している。

それが大きな成果を生んだことから、韓国でも注目を浴び、済州島で道の駅のような施設を設立する計画が進行中だ。現地企業と連携し、ヨーグルト、チーズ、ビールなどのノウハウ提供する予定だ。既に現地法人が設立され、資本金も出資済み。韓国から研修生を受け入れ、技術指導を行う計画もある。

今後は知的財産の活用による収益化も視野に入れている。

川場村の成功は、「農業プラス観光」という理念を村民一人ひとりが共有し、世代を超えて実践してきた結果である。
村長をはじめ、地域住民、農家、外部の専門家が協働して築いた“自立の村”の姿は、地方創生の理想像として今、大きな注目を浴びている。
(この原稿は『月刊NOSAI』(公益社団法人全国農業共済協会)2025年12月号に掲載されたものを編集部の許諾を得て転載するものです。