尾畑酒造は、島の中央に広がる田園地帯で国仲エリアと呼ばれる地域の佐渡市真野新町にある。

佐渡島産の酒米を中心に酒造りを行い、その優れた酒は、国内外で数々の賞を授賞。2003年より輸出も行い、今では、アメリカ合衆国、カナダ、シンガポール、香港、韓国、台湾、タイを始め、世界15か国に輸出され、国外の日本酒ファンも多く生み出している。

出荷数量約1,200石(1石=180.39 リットル)。出荷数量の80%は新潟県内。地元で愛されるお酒でもあり、それが国際的にも高い評価を受けている。その酒造りを学びたいと海外から訪れる人もあり、ふたつ目の酒蔵「学校藏」では1週間の酒造りのワークショップの受け入れも実施し、大きな注目の的となっている。

 \文化庁・観光庁では、日本酒の輸出と同時に文化として伝えたいと力を入れている。農林水産省では農村の観光・宿泊・体験の政策を推進し、インバウンド(訪日外国人旅行者)も大きな視野に入れている。まさに、その先進を行っているのが尾畑酒造と言えるだろう。

見学コースには蔵を使った談話室やお酒の展示・試飲コーナーもある

移住でも人気となっていて毎年500名近くとなる
 
佐渡島は東京からは新幹線で新潟まで約2時間。新潟駅からバスで新潟港まで約10分。佐渡汽船に乗船し、 新潟港~両津港まで、 ジェットフォイルを利用し所要67分で到着する。

人口は約5万人。面積854.81平方キロ、海岸線長280.8 キロ。東京23区の1.4倍。離島としては日本最大の島だ。

新潟県佐渡市は、2004年に島内の旧10市町村が合併して誕生した。2024年に市制施行20周年を迎えた。土地は広く豊かな環境に恵まれていることから、農業や漁業も盛ん。佐渡の中心は米作り。ほかに柿、りんごなどの果樹栽培も豊かだ。佐渡牛の畜産も著名。海に囲まれていることから漁業も豊か。魚介類も多く、牡蠣の養殖もよく知られている。

 金山があり、江戸幕府直轄でもあったことから、早くから多くの人が暮らし、文化も豊かな地域でもあった。多くの能楽堂があることでも知られている。同時に生活のためには食が必要なため、米作りが行われてきた。現在、佐渡市の農家数は、4,647戸(販売農家数3,301戸、自給的農家1,346戸)となっている。耕地面積は70万9,914アール。このうち田は63万9,596アール、畑3万1,028アール、樹園地3万9,290アール。1農家の平均は210アールとなっている(2020年 農林業センサス/佐渡市)。

島の田んぼに行くと朱鷺(とき)が飛びかう。これは朱鷺の餌となるカエルやドジョウなど、動物性のタンパク質が豊富な生物多様性の環境があるからだ。このために、農薬や化学肥料などを基準の半分以下にし官民一体の環境づくりが行われている。2008年から「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」が始まり、米の売上の一部が環境づくりに寄付されている。同じような取組は兵庫県豊岡市の「コウノトリ育むお米」、マガンが飛来する宮城県蕪栗沼の周辺の「ふゆみずたんぼ」などでも行われていて、全国で連動する、産官学の大きな環境の取り組みとなっている。

実は、佐渡島は、移住・起業が多いことでも注目されている。早くから移住促進事業も力を入れていて、家賃補助、引越し補助、リフォーム改修補助、奨学金返済支援、移住・就業支援などがあり、UIターンが多い。2020年504名、2021年503名、2022年600名、2023年572名というから、その数の多さに驚く。県・市でもサポート体制を充実させてきたことがある。

 尾畑酒造株式会社の平島健(ひらしま・たけし)代表取締役は、実は東京都出身。1964年生まれ。大学卒業後、情報誌の編集者として株式会社角川書店で働いていた。そのころ知り合ったのが、尾畑酒造株式会社の次女・尾畑留美子さん。現在の専務取締役だ。当時、留美子さんは、日本ヘラルド映画株式会社で映画の配給・宣伝を手掛けていた。
その関係で平島健さんと知り合った。留美子さんは、故郷の佐渡島に戻ることとなる。そのときに結婚。こうして二人は1995年、尾畑酒造株式会社に入社。酒造りに携わることとなる。つまりお二人もUIターン組というわけだ。

2008年、平島健氏が5代目蔵元に就任。現在の会社の運営を担うこととなった。

尾畑酒造株式会社では、移住してきた人たちも働いている。また、移住して起業するまで、しばらく働くというケースも多い。独立した人たちが、飲食店やゲストハウスの運営など、さまざまな仕事を島で創造していくなかで、内外の新たなネットワークも生まれている。
「週に30時間または20時間を弊社で働きながら、一方で自らの趣味や夢を実現するという働き方を選ぶ仲間も多いです。そんな「新しい働き方」も応援したい」と尾畑留美子さん。

日本で一番夕日がきれいな小学校と謳われた西三川小学校。佐渡の海が一望できる。

廃校を「学校藏」として再生
 
明治から続く尾畑酒造の建物は、年を経るに連れて増改築がされてきたのだろう。全体に長く繋がるような建造物。入口から入ると中が見学コースにもなっていて、蔵が談話室になっていたり、試飲コーナーや酒の展示販売があったり、映像での酒づくりを見ることもでき、観光のコースにもなっている。奥には仕込み蔵があり、こちらは一般の人は入れない。

実は、それだけではない。国内外に広がる文化発信の大きな動きになっているのが、高台にある廃校をリノベーションした「学校藏」と呼ばれる、もう一つの蔵だ。

2010年に廃校となった西三川小学校を、佐渡市から借り受けた。高台にあり、その眺望の素晴らしさに平島健社長が魅せられてのことだ。学校を改装。旧理科室と理科準備室を断熱材で囲み、小型醸造機械を入れた。理科準備室が麹(こうじ)室となり、大型冷蔵庫も入った本格的な蔵となっている。これまでの蔵とは別に、新たに「学校藏」として2014年から酒造りを始めた。酒造りは酒蔵では冬場に行なわれるが、2つ目の蔵となる学校藏では、時期をずらし夏場に仕込みが行なわれている。そのために冬場と同じ環境がつくられている。

「使うものがオール 佐渡産と言うことで朱鷺の認証米である「越端麗」(「山田錦」と「五百万石」の交配種)を始め、山田錦、棚田の『コシヒカリ』を使ったりもしています。棚田は非常に重労働であるということと後継者がいないということで大変だと聞きまして、お米を定期的に購入することによって、微力ながら地域の持続に貢献し、参加させていただくと言うことです。そしてお酒造りのエネルギーも佐渡産と言うことで太陽光パネルから再生可能エネルギーを取り入れています」と留美子さん。

酒米「越淡麗」の田んぼに立つ尾畑留美子専務

学校のプールだったところには、太陽光パネルが設置されている。 

2020年5月、学校蔵は全国初の内閣府「日本酒特区」第1号として認定適用された。

「当社の年間の米の使用料は約2千俵。我々は基本的には、酒造組合を通して全農(全国農業協同組合連合会)から購入しています。直接お金を払うのは新潟県酒造協同組合。協働組合は全農新潟と、全農新潟は更にそれぞれの農協と、そして農協は末端の農家と決済をすることとなります。新潟県では魚沼産などのコシヒカリの値段には産地ごとに格差がありますが、主要酒米である五百万石は、新潟県産一般コシヒカリの価格をベースにして価格が検討され、統一した価格で設定されてきたように思われます。それに対して越淡麗は、より高品質なものを担保していこうと、五百百万石よりも高く取引しましょうとなり、俵単価で言うと数千円が上乗せされるようになりました。一方、兵庫の山田錦になると産地によってA地区、B地区などのランク付けがあり、購入する農協によって価格差が大きくなっています」と平島健さん。
酒造りに関心のある人が学べる「酒造り体験プログラム」を主宰
 

学校藏をスタートするに当たり、酒造りを学ぶことができる場も提供したいと考え、学校藏に1週間通いながら酒造りを体験する「一週間の酒造り体験プログラム」も2015年に開始した。

仕込みタンク1本につき4名前後が参加する。

教室の壁には、具体的な酒造りのプロセスが紹介されている。体験プログラムの時に、入学式で使われる。そこから酒作りに入ってもらう。テイスティングの授業もある。酒米の田んぼに行ったりもする。そして蔵人と1週間過ごしてもらい卒業式を迎える。参加料は10万円(2024年)。食事や宿泊は原則としてついていない(一部、プログラムに含まれている)。体験プログラムに参加した人たちは、せっかく佐渡市に来たからと、同じクラスの人たちで島めぐりをする。1週間滞在してると、街中でご飯を食べ、地元の人と触れ合う機会もある。結果的には日本酒のみならず佐渡島のアンバサダーが生まれる。

「酒造り体験プログラム」では、これまで19カ国150人以上の卒業生が生まれた。2022年に同窓会を結成。世界との繋がりへと広がった。

教室内には、写真と図絵で、酒造りがわかりやすく展示されている

学校藏に通いながら酒造りを体験する「1週間の酒造り体験プログラム」

酒造りのテーマは「四宝和醸(しほうわじょう)」。米・水・人・佐渡の四つの宝を和して醸す。「学校藏」のお酒はハーモニーを生み出す音楽になぞらえ「かなでる/KANADEL」と名付けられ、販売されている。仕込み蔵のそばには酒造りの行程が写真で掲示されており、その写真を見ながら説明を受ける。

「もともと理科室だったところを仕込み蔵にしました。小さいけれども全部できます。機械も小ぶりのものを持っています。まずお米を洗います。お米を水につける浸漬。それから蒸し上げる「じょうきょう」。そして蒸し上がった米を掘り出しつつ、そして粗熱を取っていきます。それから室に引き込みます。麹菌をふって混ぜて、集めて温度を上げたり、それからまた箱に移したり、温度管理をして48時間後に蒸米が麹になります。そして酒の酒母を造ります。そして大きなタンクで三段仕込みが始まります。かい入れをします。発酵が進みます。もろ味が整ったら、伝統的な絞りスタイルの槽(ふね)でお酒を絞ります。絞ったあとの酒袋に残る酒粕や、酒米、酵母などは、地域食材を一緒に発酵メニューとして学校藏にあるカフェで提供し、食品ロスの削減にも努めています」(留美子さん)

尾畑酒造の全体のスタッフ構成は27名。仕込みは本社で6人。

「尾畑酒造ではスタッフの58%が女性。仕込みも女性が1人います。あとはSHOPや事務所にも女性が多いです。工場にも女性がいます。一時期は香港の方も働いていました。『学校藏』では、酒造りのシーズンとそれ以外のシーズンで人の配置が替わります。地方はどうしても人が少ないこともあって、結果的にあれもこれも出来る器用な人が多いような気がします」と尾畑留美子さん。
地域づくりを学ぶ「学校藏の特別授業」も開催
 
2014年から学校蔵の教室を使い、毎年6月に「学校蔵の特別授業」も始めた。親交のあった藻谷浩介さん(日本総合研究所調査部主席研究員)の訪問をきっかけに、「学校だからと授業をしましょう」とスタートさせたものだ。

「はじめての授業を行ったら、とてもワクワクする内容と好評で、続けることにしました。毎回、2~3人の講師の方に来て頂き、参加者も100名を超えていきました」(留美子さん)

藻谷さんを含め有識者を招き、「佐渡から考える島国ニッポンの未来」をテーマにワークショップを開催。これまで養老孟司さん(東京大学名誉教授)、玄田有史さん(東京大学社会科学研究所教授)、出口治明さん(立命館アジア太平洋大学元学長)、ウスビ・サコさん(京都精華大学前学長)などをゲスト講師に迎え、島や地方や地域づくりを皆で考え討議する。授業には、大人から学生まで幅広い層で、約70名が参加している。参加費は無料だ。

「学校藏の特別授業」の様子。教壇に立つのは藻谷浩介さん

「佐渡島は自然・文化・歴史に多様性があって日本の縮図といわれています。同時に、日本の課題が集中しているという意味でも日本の縮図です。けれども課題が集中する課題先進地は、課題解決先進地になりえます。学校藏の特別授業では、佐渡からヒントを生み出して大きな島国ニッポンのいろんな地域に活かしていこう、という思いもあり、”佐渡から考える島国ニッポンの未来” を大テーマに掲げています」(留美子さん)

1時間目から4時間目まであり、4時間目は参加者が主役の生徒総会として、高校生も発表する。参加は無料とはいえ、現地集合現地解散。申し込みの際には詳細な参加理由も書く必要があり、結果としては熱量の高い人たちが集まる。特別授業では特に日本酒の話をするわけではない。熱量が高い人たちが集まることで化学反応が生まれ、気付きを経て行動を変えていく。結果、地域の未来を変えていく力になって欲しいと願い、続けているという。

学校蔵で生まれたお酒を楽しめる「角打ち(かくうち)Bar」芝浦工業大学「佐渡木匠塾」の作品。

学びの場は大学連携にも繋がり世界に広がる
 
さらに芝浦工業大学工学建築学部建築学科の蟹沢ゼミが主宰する「佐渡木匠塾」が2011年より尾畑酒造と連携。学生が夏休みに2,3週間滞在する。椅子、机、棚、調度品などの作品が毎年増えてきており、尾畑酒造本社や学校藏はいわばショールームの役割を果たす。

 閑散としていた図書館は、ポプラ社をはじめ、10の出版社がセレクトして寄贈。「本屋さんが選んだ本棚コーナー」が誕生し、ここにしかない読書の場が生まれた。

蘇った図書館

学校藏に多くの人が来るようになったことから、22年7月には、「学校蔵カフェ」もオープン。研修合宿に利活用できる宿泊設備も設けた。また景色が一望できるウッドデッキも生まれた。新たな学びと交流の場として、学校が見事に蘇った。

学校藏は、「酒造り」「共生」「交流」「学び」の4つの柱で運営されている。今後、企業連携や様々なイベントや教育機能、観光企画開発も予定をしている。

 文部科学省「未来につなごう~「みんなの廃校」プロジェクト」によると、全国では毎年450校ほどが廃校となっている。2002年から2020年度累計で、廃校は8580校。このうち、活用されているのは5481校。学校がカフェや事業所、交流施設になるなど、様々な事例が紹介されているが、尾畑酒造の「学校藏」は、再生の優良事例とも呼べるものだろう。

「学校藏」の庭と、生まれたお酒「「かなでる/KANADEL」

註)この記事は「月刊NOSAI」(全国農業共済協会)2024年10月号に掲載されたものを編集部の許可を得て転載するものです。