玉ねぎの収穫の様子

場所は、東京からだと、新宿からJR特急あずさで小渕沢駅まで2時間14分。駅から車で約20分。中央自動車道・長坂ICより車で約15分の中山間地にある。広々とした田園地帯で、周辺の山々まで見渡せ、南アルプス、富士山も見える。畑の隅には、キッチンや宿泊施設などがあるグランピング、出荷場、廃校をリノベーションした宿泊・体験施設などがある。

圃場は16ヘクタール。有機JAS認証の畑は9ha。有機JAS認証取得へ向けた農地が7haある。90%以上は農地賃借。

主要品目は、にんにく、玉ねぎ、スイートコーン、じゃがいも、かぼちゃ。これらを中心に25品目ほどの季節の農産物を栽培している。ミニトマト、茄子、ピーマン、ハーブ類が3種類。レタス3種類。小松菜、ほうれん草、水菜、スイスチャード、春菊、コカブ、ズッキーニ、大根、白菜、キャベツ、ブロッコリーなどだ。
有機栽培は、国で定められた有機JAS法に基づいた認証が必要。認証に準じた栽培方法をすべての畑で適用している。

「肥料は地元の畜産農家と連携し、落ち葉や東洋ライスさんの米の精(米糠由来の有機肥料)などの材料を使った堆肥を作ってもらい、それを持って来てもらう。発酵させるため放線菌の元菌を入れることもあります。落ち葉は地域の観光業者と連携し、もらっている。病害虫対策は防虫ネットを使う」と井上さん。

井上さんは薫陶を受けた埼玉県比企郡小川町の有機農業農家・金子美登さん(1948~2022年)、埼玉県所沢市で有機農業の実地研修で3年間学んだ田中義和さんのやり方を踏襲している。

「機械は最新のものを使ったりします。センシングの機械で、温度・湿度値が全部クラウドにあげられて、スマートフォンで、いつでも見られます。無線操縦の草刈機も使います。今後、導入したいのがロボットトラクターや後付けによるオートコントロール可能なナビシステムで、車体にアンテナをつけてGPS(Global Positioning System)で、まっすぐトラクターを走らせることができます。ビニールハウスでは温感センサーを付けておいて、温度にあわせ自動で上げ下げできる。全自動化は、なかなか難しいと思うので、機械の半自動化ぐらいまでのIOT(※1)、ICT(※2)化はやっていきたいと思ってます」

※1 IOT=Internet of Things モノがインターネットに繋がる仕組み
※2 ICT=Information and Communication Technology情報伝達技術
JAS有機認証取得で取引先が増える
 
社員は、農業を行う「株式会社ファーマン」と廃校活用の学校運営・グランピングを手掛ける「合同会社 樹(いつき)(共同代表)」とで10名。ほかにパート、アルバイトが10名ほどいる。

圃場でのスタッフメンバー

全体の売上は約1億3000万円。ファーマンで8500万円。樹で4500万円となっている。

井上さんが理事長を務める「NPO 法人 大志」、「財団法人 有機環境研究会」がある。こちらは地域活動を中心にしたもの。

「ちょっと黒字ぐらいです。今は設備投資をしてる。融資は農林公庫、山梨県信連、地域の銀行などがから受けている。
 みんながマルチに働いている。農業をやる時もあれば大工になる時もある。営業を行ってもらったりとか。財務の事務は別になっているのですが、そのうち二名は専任の事務、一名は事務や体験農園の受け入れもしたりしています」と井上さん。

平均年齢は約30歳と若い。社員の80%以上は北杜市以外、もしくは県外出身者だ。

スタッフによる出荷の様子

 農産物の主な販売先は、有機農産物や無添加加工食品の通販を手掛ける「パルシステム生活協同組合」「東都生活協働組合」と、全国380産地・2000名の農家と連携し農産物・農産加工品の販売を手掛ける「株式会社マルタ」、それに山梨県内のスーパー「いちやまマート」や「ひまわり市場」などがある。

新規就農してしばらくは、地元でのスーパーや飲食店、別荘などの引き売りから始まった。ある程度の、まとまりの農産物ができるようになり、2010年にはJAS有機認証取得。生協取引がはじまり、そこから大きく動き始めた。

「有機JAS認証を取って、ある程度の物流を作ると、あまり営業かけなくても買ってくださる。今、有機農産物の世界で何が起きてるかというと、大手取引先の引き合いが強くなっている。大手の食品流通会社では、有機JAS認証に基づいた農場を作られている。けれどもここだけでは物量が足りない。それで、ある程度組織化されていて、生産者の人数が十名以上で30ヘクタール以上の規模感で、同一品目を出荷できますということをPRすると取引の話しをしていただける。有機農産物を皆さん欲しがっている。とはいえ、ある程度物量がないと納品できない。あとは生産期間が長いとか。そこを僕らは大手の企業さんが欲しがるものを、こちらで構築していく。地域をまとめ、地域の生産者同士で組合を作ることを、大手の企業がやるのではなくて地元で作り、それを売り込んでいる」
令和3年(2021年)、国は「みどりの食料システム戦略」を策定し、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現」を掲げた。このなかで2050年までに、オーガニック市場を拡大しつつ、耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大をすることを目標にしている。ちなみに令和3年で、国内の有機農業は26.6千ha(0.6%)だ。

支援策もある。これらの背景には、国内外の有機農産物の需要が拡大していること、また脱炭素が国際的に推進されているためだ。

有機食品市場 世界の状況

有機農業をめぐる現状(農林水産省)

「有機農業のニーズが大手さんに高まっている理由は、やはり国の推進政策ですね。あとは所得層も二極化し始めてる。富裕層の方々は食べるということと教育に結構なお金を掛けていらっしゃる。出どころが分かり、農薬や化学肥料を使ってないもが求められている。それを用いて子供に食育教育をしたいとかのニーズがある。そういう方々がスーパーで野菜を買う時にイオンさんで言うと「ビオセボン(オーガニック・スーパーマーケット)」さんとか、あとは生協さんに入られていたりという方々が多い」(井上さん)
小学生の農業体験受け入れは年間2000名

2004年から農業体験受け入れを積極的に行っている。
年間約2000名がやってくる。

所要時間は約2時間。井上さんの有機農業の話のあと、収穫体験。草取り体験がある。作業の鎌、ハサミ、種は準備してある。約200組用意してある。食事は出荷場でバーベキューコンロを20ほど用意。体験をして参加者が焼いて食べるというスタイル。参加者は農産物がもらえる。

目黒区の教育委員会と提携。小学生1200名が参加する。目黒区は八ヶ岳に保養所も持っていて小学五年生が林間学校で使えるようになっている。他に、私立の関東圏の学校から約500名が参加。大型バスで現地にやってくる。参加学校は14校ある。

「種まき体験を追加し、出来上がった野菜を目黒区の学校給食に納品する。カレーなど八ヶ岳メニューを作ってもらう。そこに僕も一緒に参加させてもらって出前授業を持たせてもらう。野菜の生育過程を全部画像で紹介し、学校の授業となる。一年間の農産物栽培活動も紹介するプランも用意してあります」

小中学生の体験は、決して多くの利益生むものにはなってはいない。それでも積極的に行っている理由は、次世代に農業と食の取り組みを学んでもらうためだ。

「一番嬉しいというか驚いたのは、小学校の子どもたちが農業体験をした後、校長に農園部を作りたいと学校の屋上に菜園をつくり始めたこと。提言をした子どもが中学・高校を経て東京農業大学に入った。それを聞いて思ったのが、小学校ぐらいの時に地方での農村の体験をさせると、それが将来の行動となっても現れてくるということがわかった。農業体験は、ぼくらにとって息の長い営業活動なんです。さらに、この子たちが『野菜を食べたい。どこで買えるんですか」『パルシステムで買えるよ』と言うと、お父さんお母さんが、会に入ってくれた。そこで僕らの野菜を買ってくれる。これが営業になるなと思って。だったら薄利でも農業体験は続けようと、もう十年近くやっている」

小学生の体験受け入れ

農場の野菜を使ったカレー商品

企業と連携の体験農園を現地で開催

学校の受け入れとは別に行っているのが企業の体験農園だ。

企業体験は、五社を受け入れている。一社当たり平均10a。一年間かけて野菜を作ってもらう。会社で多い所は、5月から10月まで、ほぼ毎月参加する。

体験費用は1社300万円から500万万円。価格の違いは品目数や扱う野菜、配送サービスの有り無しによって異なる。

10aの中に30~50区画を作る。つまり50組が、参加できる農業体験塾となるわけだ。総額を割ると、各地で行われている体験農園塾と価格は変わらない。会社によっては福利厚生で位置付けているところもある。また一般の人に募集をかけて農業体験事業として行っているところもある。

「ビジネスとして、例えば、1区画、20万円としているところは、その中身を企画してくださいと言われる。それが固定種や在来種の野菜栽培にしたり、あとは余る農産物を全部加工品にしてくださいとか。加工品でレトルトにすると賞味期限を1年以上つけられる。これを農産物の固定種在来種有機無農薬スープで3種類ぐらいの詰め合わせにすると付加価値が高い。会社の特別贈呈品に使うというところもあります」
1区画は約20平米。連作障害にならないよう輪作するため作付け面積は40平米以上になる。

「僕はこのやり方を地域の農家にも普及させたい。そうすれば農家のキャッシュフローが改善できる。農家はものを作る前にお金をかけて出来上がって出荷してやっとコスト回収となる。体験農園は、先にお金をもらえる。農産物の出来高に関係なく、参加の人たちのやりがいを担保できればいい。僕は、これが日本版のCSA(※3)の新たな可能性になるんじゃないかと思っています」。
※3 CSA Community Supported Agriculture=消費者・農家の連携事業
 
体験農園は、東京都練馬区がもっとも早く手掛けて有名だが、取組は、今ではノウハウが広がり、各地で行われるようになり、人気も高い。

「体験農園の講習は月一回ぐらい。西新宿のバスタ集合。もしくは新宿の大型バスの停留所。僕が前乗りし、そこから大型バスに一緒に乗る。だいたい2時間。バス内で、今日やる作業とか、北杜市の魅力について、2時間ほどで喋る。農場に着いてから座学で喋ると時間がもったいない。僕らは農作業と景観を味わってもらうのに、全部時間を費やしたい。農業体験してお茶飲んで、みんなでバーベキューして終わるようなパッケージにしている」

開催は、土曜日が多い。到着は10時から11時。オリエンテーションがあり、ランチを食べて、15時から16時ぐらいまでが農業体験となる。それでバスで帰る。

「収穫体験の後、一ヶ月に一回、農園で取れる野菜を箱詰めにしてご自宅まで送る。例えばAさんのファームが20平米であれば、そこから取ったものを箱詰めしてあげて宅配便で送付する。あとお米とか平飼い養鶏場の卵とか、場合によっては内水面漁業(ないすいめんぎょぎょう=淡水魚の養殖)をやってる知り合いがいるので「湧水鱒の切り身」を入れたりとか。地域でいいもの作ってる人達のものを詰め合わせにして送る。それでお得感もある。5月から12月まで毎月一回、自分の畑から野菜が送られてくる。体験農園をもっている人たちは、車で自分の畑にくれば、いつ来ても収穫できる。来れない人もいるので野菜が余る。余った野菜を冷凍しておいてカレーやスープにしてさらに還元する」
野菜BOXを作り生鮮作物を宅配も手掛ける

出荷場の右端にショックフリーザー(冷凍冷蔵機)がある。はねだしの原料を電解水で洗い、脱水しショックフリーザーで瞬間冷凍させ冬まで保存。冬の農閑期に加工を手掛ける。調理場をもっており、そこでカレーやスープを作る。それを市内の充填機を持ちレトルトできる会社に委託し袋詰めとレトルトの加熱殺菌してもらい戻してもらっている。

「加工品は、スープ、カレー、瓶詰め類。瓶詰めだと肉味噌とかトマト味噌も作っている。それらはEC(インターネット)で販売もしている。あとは、うちの農場に体験に来てくださった方にプレゼントで差し上げたりとか、農業体験でも加工品までやりたいっていう会社は、請け負ってやったりします。企業で一反分の畑を使ってもらい、そこで出た余剰分の農産物をスープ加工して、それがお中元、お歳暮で使えますよっていう体験も作っています。無駄なく使えて効率的です。」

体験農園とは別に、野菜ボックス販売も実施している。

「野菜BOXは一箱3000円ぐらい。野菜が六~七品目。あと平飼い養鶏場の卵が入る。買ってくださるのは富裕層の方が多い。購入者の半数以上がグランピングのカフェなどを利用していただいてる方です。体験に来てファンになってもらった方とか、もしくは野菜を買って施設利用して、さらにファンになったみたいな、そういう営業方法です。月で500箱ぐらい出ています」

2012年からは農福連携の取り組みも行っている。地元の福祉施設から農業を始めたいと相談があり、行政とも連携して始まった。
「施設外就労で、3~5名1チームにスタッフ1名。車で農場まできて作業に従事してもらう。工賃も支払います。じゃがいもの種まき、草取り、ビニールマルチ剥がし、ニンニクの粒をほぐしてもらったり。様々な作業です」

これまでになかった、多様な組み合わせによって、新たな農業展開が行われている。

FARMAN

(注)この記事は「月刊NOSAI」(全国農業共済協会)2024年8月号に掲載されたものを編集部を許諾を受けて転載するものです。