公開されている最新のデータでは、イタリアの有機農業が国内耕地面積に占める割合は18.7%、成長率では前年比+7.5%となっている(2022年 SINAB 全国有機農業情報システム)。EU加盟国全体での有機耕地面積は9.6%。ちなみに日本の状況はというとわずか0.6%である(2020年 農林水産省)。

EUには欧州共通農業政策(Common Agricultural Policy: 通称CAP)というものがあり、これは農業者の所得を保証するための「価格・所得政策」と、農業部門の構造改革、農業環境施策等を実施する「農村振興政策」を中核の二本柱としている。この共通政策下で各国が実行をしていくわけだが、90年代後半にCAPとして有機農業への転換が掲げられ、イタリアでも主に島嶼部エリアや若手生産者をターゲットに有機転換支援が行われた結果、順調に有機農業の比率が伸びている今がある。
こうした有機農業の普及は、一般消費者の暮らしの中でも感じ取ることができる。かつては有機食品というと専門店やセレクトショップのようなところでしか見かけない特別品だったが、今ではほとんどのスーパーでも取り扱いがあって、どのチェーンも独自の有機食品ブランドを設けているし、価格帯としても庶民が手に取れないほど高額ではなく、身近に感じられるものなのだ。

こうした有機農産物は輸出市場においても重要な割合を占めている。2023年は金額ベースで、イタリアが輸出する農産食品の6%が有機認証付きとなっている。
取扱量で最も大きなボリュームであるのがまず青果類、次いでオリーブオイル、ワイン、はちみつと続く。主要な輸出相手国としては欧州ではドイツ、フランス、イギリスを筆頭に、スイス、北欧諸国など。欧州外ではアメリカ、日本という安定取引先に加え、中国や南米各国も加わってきている。

普段利用するスーパーの棚の一例。「BIO」と書かれているのが有機認証製品。 左:牛乳

普段利用するスーパーの棚の一例。「BIO」と書かれているのが有機認証製品。 右:上から蜂蜜とジャム類

EU有機認証ロゴ

自宅にあった、普段から使っている有機食品。ワイン、米、米粉、小麦粉、豆類、ブイヨン、ひまわり油、りんご酢、蕎麦の実ととうもろこしのスナック

昨今のインフレ、気候変動、原材料とエネルギーコストの上昇といった困難はありながらも、近年高まり続ける消費者の環境意識や食の安全への関心の高まりに押され、オーガニック市場はもはや安定したポジションを確立している。

グラフ:Nomisma (https://www.nomisma.it/) 2022年から2023年の1年間での成長率は8%、2013年からの10年間では189%

もうひとつイタリア農業を特徴付けるものが、地理的表示保護製品の多さである。日本でも2015年から導入されている「GI制度(地理的表示保護制度)」のEU版だ。ヨーロッパのいくつかの国、例えばフランスのAOC(1935年以来)、イタリアのDOC(1963年以来)、スペインのDOといった各国独自に存在していた原産地呼称制度を、EUとして各国の用語を調和させ共通の管理規則を設定したものが、1992年以来の現行の地理的表示制度である。イタリア語では下の表で示すように、大きく3つ DOP・IGP・STG という分類に整理されており、ワインに関しては名称が少し変わる。
 
保護制度は、農産物の品質基準を保護し、その生産方法を守り、消費者に製品の付加価値を高める特性に関する明確な情報を提供することを目的としている。いわゆる農産物の知的財産権である。この保護認証の取得数でEUトップなのがイタリアで、例えば「〇〇産のレモン」というような生鮮品から「△△海のイワシの塩漬け」「××産生ハム」といった加工品まで、実に888もの食品が登録されている。

筆者の暮らすエミリア=ロマーニャ州の地理的保護製品

隣県パルマを中心に、FOOD VALLEY と称される近隣一帯の食やその産地訪問をメインコンテンツにしているツアーオペレーターのウェブサイト (https://foodvalleytravel.com/)

原料から製造工程まで規格を遵守し認証を得た製品にはどのようなメリットが生まれるかというと、まず上記のような認証ロゴを製品に付けられるので、消費者が一目で製品の品質や信頼性を確かめることができる。名称には産地名が必ず入るから、自ずと食品と産地のイメージが結びつく。また、類似品が安価に流通して市場を壊すのを防ぐとともに、産地に固有の動物・植物種を保護し、地域の生産システム全体を守って地域社会全体を支え、グローバリゼーションに抗う力を生んでいるとも言える。

個々の地理的認証ごとには保護コンソーシアムが組織され、地理的表示の促進、強化、規則の更新や品質向上の研究、消費者への情報提供、ブランドの管理といった役割が与えられている。そして近隣地域の異なる産物のコンソーシアム同士が協業してプロモーションを行ったり、観光セクターと手を組み、地域という面でのPRやホスピタリティコンテンツの強化が取り組まれている。また、商標の権利が特定の生産者に属するものなのに対し、地理的認証は特定の “地域の“ 権利ということになるため、地理的認証と関連づけたツーリズムの強化はEU全体で推し進められているところだ。
 
EUを代表する農業国、イタリアやフランスをはじめとする各国は日本と同じく農業人口の減少や耕作放棄地の問題を抱えており、それに対して前述のCAPとしても、環境保護やグローバリゼーションなどの農業を取り巻く問題に向き合いながら、持続可能で競争力の高い農業を目指している。
アグリツーリズムとグリーンモビリティ
 
さて、アグリツーリズムに話題を戻したいと思う。アグリツーリズムというと、農村に立地するので車がなければアクセスできない、車を持たない旅行者には縁遠いものというイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれない。しかし自転車という手段もあることを思い出してみたい。
 
欧州の自転車活用先進国といえばやはりオランダやデンマークが知られていて、これらの国には及ばぬもののイタリアでも自転車道の整備が進められており、サイクルツーリズムの人気も上昇している。ビアンキ、コルナゴ、デローザといった有名な自転車メーカーもあるし、「ジーロ・ディ・イタリア」という毎年5月にイタリア全土を舞台に開催されるロードレースもある。普段の生活圏で、観光地で、ひとり〜グループでツーリングを楽しむ人々の姿もよく見かける。イタリアで生活していて日本人の私の目に新鮮に映ることの一つに、自転車を担いで電車に乗り込む人々の姿がある。国鉄の普通列車では、全長2m以内の自転車あるいは適切に折りたたんだり分解した自転車であれば、乗客1人につき1台までを専用スペースに無料で持ち込み可能になっている。先日もミラノの地下鉄で、いかにもバイクツーリング中というカップルが自転車を抱えて乗り込んできたのを見て、大都市の地下鉄にも持ち込みが許可されていることを知らなかった私は驚いたのだった。

アグリサイクル ウェブサイトより(https://www.agricycle.it/ 伊語のみ)

エミリア=ロマーニャ州アグリツーリズムウェブサイトより

自転車スペースのある車両 (イタリア国鉄ウェブサイトより)①

自転車スペースのある車両 (イタリア国鉄ウェブサイトより)②

こうした自転車人気、あるいはグリーンモビリティへの関心が高まる中で、電車と自転車を組み合わせた形のツーリズムも活発になってきている。私の暮らすエミリア=ロマーニャ州ではサイクルツーリズムを支援するアグリツーリズム施設らが結束し、「アグリサイクル」というクラブを作った。これは州公認の団体で、アグリツーリズム分野において特定の専門性やサービスの強化を通じて、農業法人やこれらが営業する領域の成長と発展の機会に繋げるという信念を分かち合う事業を、地域の農業総同盟(Confagricoltura)が支援する形で発足した。

エミリア=ロマーニャ州でも地形的にサイクリングに適している地域を中心に、この地方を自転車で観光しようとする特定のタイプの顧客をメインターゲットとし、加盟施設は自転車置き場やメンテナンス用の設備を整備し、二輪車運搬サービスや自転車観光ルートなどの情報提供を行う。汚れた衣類を洗える洗濯機や、栄養価の高い朝食(朝からパスタをリクエストする利用客もいるそう!)を提供している点も特徴的だ。
 
ウェブサイトでは加盟施設やモデルルート、ルート上の見どころなどの情報がふんだんに掲載されているほか、求めるサービスや体験したいアクティビティ、忘れてはならないアグリツーリズムの母体は農業法人であるから農産物の種類、といった条件から施設検索もできるようになっている。

アグリサイクル宿泊施設とモデルルートを示すマップ

このクラブの代表を務めるジャンピエトロ・ビザーニ氏に、お話をうかがってみた。
2012年に17施設が集まり発足したアグリサイクルは、現在21施設に成長。クラブの運営は加盟施設からの会費が基本となっているが、自転車メーカーからの協賛も得て観光系展示会に出展したり、食・ワイン・文化のルートづくりにも取り組もうとしている。
 
ビザーニ氏自身もレストランと宿泊施設、キャンピングカー対応エリアを備えるアグリツーリズムの経営者。直売と自社レストランで使う野菜の栽培と、カモ、ガチョウなどの家禽と牛の飼育を小規模で行っている。

ビザーニ氏と愛犬。ゲストへの貸出し用に、普通の自転車と電動自転車4台を備えている

のびのびとした環境で飼育される動物たち

ビザーニ氏が経営する アグリツーリズモ バッティ・ブーエ(Battibue)

広々とした庭には遊具、サッカーゴールもあり 食事の後も緑に囲まれた環境で思い思いに楽しめる

のどかな環境に立地しながらも鉄道駅がすぐ近くにあり、電車を乗り継いでサイクルツーリストが遠方からもやってくるそうだ。また、ここはフランチジェナ巡礼路(イギリスのカンタベリー大聖堂を起点とし、フランス〜スイス〜イタリア北部〜トスカーナ〜キリスト教聖地ローマへ続く)という歴史あるルートの通過点でもあり、これを辿る観光客が多いのだという。
 
アグリサイクルとしては今後、サイクルレースの全国的な統治機関であるイタリアサイクリング連盟(Federazione Ciclistica Italiana)と協力してエコサイクリングガイドを作りたいという目標と、サイクルツーリストに付き添い各地の歴史や文化価値を伝えられるガイド人材の育成の必要性を感じているそうである。
資源循環とエネルギー自給を農場から
 
農環境は資源の宝庫である。何世代にもわたり、先人らが途方もない時間をかけて野山から見つけ出した食用植物、苦味や渋みを取り除いて食べられるようにする工夫、長期保存のための知恵、こういった知の宝庫でもある。
 
農場は食糧生産をまず第一の役割としているが、ここもまた多様な資源と循環エネルギーの宝庫である。例えば前号で挙げた複合型アグリツーリズム・ボスコ・ジェローロでは資源循環の取り組みとして、飼育する乳牛の排泄物からバイオメタンガスを精製して自家消費用の発電をしたり、メタンガス一般車輌用の給ガススタンドを開いた事例を紹介した。この例のように集約型の酪農が盛んなエミリア=ロマーニャ州では、全国に先駆けて有機残渣からエネルギー回収をするバイオメタンガス設備の開発が進められてきた。また同じバイオガスでもオリーブ栽培が盛んなイタリア南部では、剪定した枝葉を原料にしたプラントの開発が進められているそうだ。
専用作物から生産するのではなく、農業や畜産業、それらの加工から出る廃棄物、残渣といった副産物からのバイオ燃料開発の必要性は今後一層高まっていくはずである。イタリアバイオマス協会(ITABIA)による最近の調査によると、農業・農産業残渣の潜在的利用可能量は、イタリア全体で年間2,500万トン程あるという(2020年 Progetto ENABLING)。

農場では他にも、農業と太陽光発電システムを組み合わせたアグリボルタイックシステムが、国の助成政策も後押しして、山岳地帯の多い北部から南の島嶼部まで全国的に導入が進められている。太陽光パネルの下で野菜や果樹を栽培したり、牧草地にして羊などの飼育に活用するなど、食料・飼料生産のための農地利用との両立を図る試みが行われている。

The Shit Museum ウェブサイトより (https://www.museodellamerda.org/) 自宅近郊にある集約型の酪農場。約3500頭の乳牛から1日5万kgの牛乳を生産、排泄物も15万kg出る。

これを自社用電力に変換するほか、堆肥、ガーデニング製品、なんと食器にまで生まれ変わらせている。THE SHIT MUSEUMをつくり、国内外アーティストともコラボ。排泄物をアートにまで昇華させている。

イタリアは、1986年のチェルノブイリ原発事故の後に行われた国民投票での反対派多数の結果から、世界に先駆けて脱原発へ舵を取った国だ。その後代替エネルギーとして原子力を見直そうとする動きがあったものの、2011年の福島の事故により、新たな挫折を余儀なくされた。2011年に行われた2度目の国民投票では、原子力を支持しないという民意がさらに確認されている。国内にある全ての原子炉は稼働停止中、今も施設の解体作業が進められているところだ。
(ところがイタリア政府は昨年9月に原子力発電を再導入する計画を明らかにしており、今後の動向が気掛かりなところである。)
 
現在のイタリアの再生可能エネルギーは発電量全体の40%を占めており、その電源内訳は地域の環境特性に合わせて、北部ではアルプス地方やアペニン山脈などの地形を活かした水力発電(15.6%)、太陽光(8.7%)、南部を中心とする風力(7.2%)。残りはバイオマス・廃棄物(6.4%)、地熱(2.1%)となっている(イタリアエネルギー環境局 ARERA、2022年報告書より )。そして2030年へ向けた目標は、再生可能エネルギーによる電力生産量を70%以上に、2035年までに電力部門を「完全または主に脱炭素化された」ものにすることを掲げている。
 
この目標達成のためには、大規模な開発と並行して、一般家庭や企業、一軒の農家でも小規模な発電所から電力を生産できるようになることが必要だと議論されており、例えばバイオ燃料を従来よりも効率的にエネルギーに変換する革新的な技術開発などが求められている。
 
こうした個人や地域でのエネルギー生産の視点からイタリアで注目されている動きの一つに、「再生エネルギーコミュニティ(CER: Comunità Energetica Rinnovabile)がある。CER は、市民や中小企業、市町村、組合、地方団体、学校、教会区などが、それぞれ一つの非営利コミュニティとしてエネルギーの自給自足をしようというものだ。石油資源への依存から脱するために教会も参画するべきであると、ローマ法王も賛同。学校や教会区で太陽光パネルを設置したコミュニティが既に生まれている。CERは実施法令化され、現在国内で始動している24の共同体は、この先2年で15,000位にまで爆発的に増えると予測されている。

アグリツーリズムと多機能農場 マネジメントツールとテクニック

終わりに
 
アグリツーリズム開業のためのノウハウツールとして、イタリア農水省が作成しているマニュアルがある。この序文冒頭の一節をご紹介してみたい ー “多機能性が農村開発の核心であるとすれば、アグリツーリズムはその牽引役を担う。この2つの概念の間には「農場」を理解する新たな方法があり、それは農場自体に閉じこもるのではなく、都市や観光客の流れに開かれたものとなり、商業的なルートと事実上つながり、市民が求める新たなタイプのニーズをキャッチする能力を持つものである“。(Agriturismo e multifunzionalità dellazienda agricola アグリツーリズムと多機能農場 マネジメントツールとテクニック 2016年10月 より)
アグリツーリズムという活動が、農村部と都市、生産者と消費者が交わる場をつくり、農産物をきっかけに産地への関心や愛着を育むきっかけを生んでいる。そればかりでなく、資源の宝庫である農場からは脱炭素型エネルギーを産出したり、廃棄物や副産物からアップサイクル製品やアートにまでアイディア次第で可能性は無限に、もはや一次産業という枠には収まり切らない創造的な場所だと考えるとわくわくしてこないだろうか。

Contrada Bricconi ウェブサイトより (https://contradabricconi.it/) ミラノの北、ベルガモの標高1000m程の山中にあるアグリツーリズム「コントラーダ・ブリッコーニ」。持続可能型農業で野菜を育て、牛を飼育している。世界各地で修行を積んできた若いスーシェフがクリエイティビティを発揮する山のレストランは、ミシュラングリーンスターを獲得している。

アグリツーリズムとは新しく観光施設を造ることではなく、その土地で守り継がれてきた自然・景観・建築資源を改めて見つめ直し、綿々と紡がれてきた営みを今日に生きる人々の視点から価値化して、これを磨き上げることではないだろうかと考える。そして、足下にある資源を見出すミクロ視点と、取り組みを繋げて面にするマクロ視点の両方をもって農業と他分野、広域が連携することで、日本で推進されている農泊も大きく発展する可能性を持っている。