これに対して人口規模で比較をしてみると、イタリアは日本の約半分の約6,000万人。日本と同規模の国土に約半分の人が生活するのだから、イタリアの経済中核都市ミラノといっても人口はおよそ325万人(2023年12月31日時点)、その中心地から車を15〜20分も走らせればもうのどかな風景が広がり、田んぼや畑、雑木林がここかしこにあり、羊の放牧に出会うことだってある。
 
田舎や自然は人々の暮らしのごく身近にあって、そのような環境で余暇をのんびり楽しむのがイタリア人は本当に好きだ。代わりに、隅々まで造作し尽くされたアミューズメントパークのような施設は日本と比べたらずっと少ない。誰かが計算し尽くしたプログラムに乗っからなくても自分たちの自由な発想で、思い思いのスタイルにより休日を楽しむことに、本当に長けている人たちだなあとつくづく思うのである。

イタリアとアグリツーリズム
 
このように田舎で過ごすのが大好きな国民の間で、アグリツーリズムが振興したのは納得の事実と感じる。アグリツーリズムとは、英語の「Agriculture(農業)」と「Tourism(観光)」を掛け合わせた造語で、日本でいう農村観光とか農泊、グリーンツーリズムと考えていただいたらよいだろう。

実はイタリアでは「アグリツーリズム」と言うにはきちんと国が定める定義と、開業や運営に関わる法律、州ごとに細かに示される規則がある。民法第2135条が定義するところでは、「アグリツーリズムとは、農業起業家が、法人や組合の形態、あるいはそれらが互いに連携して、土地の耕作、林業、畜産等の活動に関連し、その農場を利用して運営するホスピタリティ活動をいう」とされている。そしてこのホスピタリティ活動には大きく3つの営業分野があり、食事の提供(レストラン)、宿泊サービス(部屋・一棟貸し)、体験の提供(乗馬、トレッキング、料理教室など)のどれか一つをやるのでも、それらを組み合わせて提供してもよいことになっている。
※写真:Agriturismo La Volpe e L’Uva 所在地:エミリア=ロマーニャ州ピアチェンツァ県

娘の幼稚園のクラスで誕生日会。主役の子供の家がアグリツーリズムで、ぶどう栽培、ワイン醸造、レストラン営業を行っている

詰め物をしたパスタ“トルテッリ“ 作りの様子を見学

外には遊具もあり、食事を挟んで存分に遊べる

法に関する詳細は割愛するが、しかし大きな特徴として押さえておきたいのは、まず農業事業が母体にあって初めてアグリツーリズムを開業できることだ。また、その活動から得られる所得が元の農事業所得をを超えない範囲で営業を行える、という決まりがある。
 
最新のデータによれば、2021年にイタリア国内で営業中であったアグリツーリズム施設は25,390軒(ISTAT イタリア国立統計研究所)、対して2020年の日本の農泊施設数は3,715軒(農林水産省農林振興局都市農村交流課「農泊をめぐる状況について」)であるから、両国の間には大きな差があるのは明らかだ。
2022年のデータによるとイタリアのアグリツーリズムの生産額は15億1,700万ユーロ弱、これは農業部門全体の経済価値の4.4%に寄与していることになる。前年比較でアグリツーリズム部門の経済価値は30.5%増加しており、パンデミック禍にあった2020年の一時的な落ち込みから、見事にV字回復を遂げている。
※写真:Agriturismo Boccapane  所在地:ロンバルディア州パヴィア県。ぶどう栽培とワイン醸造、野菜の有機栽培が本業。アグリツーリズム機能としては週末にレストラン営業を行う。広々とした庭には公園さながらの遊具の数々があり、食事が終わっても延々長居するのがいつものコース。
私自身にとってもアグリツーリズムは身近な存在で、家族や友人との気軽な外食や、旅先での宿泊、普段の食材を買いに行く場所でもあれば、時には子供達の誕生会で呼ばれたり、動物や自然に親しむ体験目当てに出かけることもある。とにかく広々とした環境で、新鮮で安全な素材から作られる伝統料理を楽しんだり、家族として迎えられるような温かなもてなしにほっとしたり、大人も子供も肩肘張らずに楽しめるところがアグリツーリズムの魅力ではないだろうか。

Agriturismo Il Corniolo  所在地:エミリア=ロマーニャ州ピアチェンツァ県。

アグリツーリズムの起こりと目的
 
「田舎での観光・休暇」という意味合い、「田舎の宿泊施設」という形でフランスを中心に広がり出したアグリツーリズムは、1960年代後半になってイタリアでも姿を現すようになった。その背景には、経済成長期に地方から工業都市への人口大移動が起こって農家の数が大きく減少したことや、冷害などの気象事情による損害から農家が新たな収入源を模索する必要性、ということがあった。これらへの対策を効率的に進めるために、徐々に業界団体が組織されたり法整備が行われてきた。

Agriturismo Il Corniolo (所在地:エミリア=ロマーニャ州ピアチェンツァ県)。ぶどう栽培、ワイン醸造と養蜂が本業。アグリツーリズムとしてはレストランと宿泊2室。

隣接する乗馬クラブ Chiara Pony Club とは相互連携し営業している。

そして現在では欧州共通農業政策の中で、農家が非農業活動と所得を多角化するための政策として、欧州全体でアグリツーリズムの推進が強化されている。またその目的も明確に掲げられていて、例えば私の暮らすエミリア=ロマーニャ州ではこのようなものだ。
 
A) 各エリアの固有の資源を保護し、質を高め、強化する
B)山岳地帯に特化して、農村部における人間活動の維持を奨励する
C) 農業における多機能性と農業所得の差別化を発展させる
D) 農業所得の増大と生活の質の向上により、農業者による土壌・土地・環境の保全のための取組を推進する
E)農村地域の維持と農林業の発展、保護地域システムの充実を促進する
f) 景観、歴史、建築、環境の特徴を保護することにより、農村部の建築遺産を回復させる
g) 典型的な生産物、高品質の生産物、および関連する食品とワインの伝統を支援し、奨励する
h) 多機能農場が提供する商品・サービスの価値を高めるための取り組みを推進する
i) 地域のアグリフードシステムに関する知識を育むために、国民や若い世代に農業の世界やその伝統、文化に近づいてもらう

写真:世界遺産オンラインガイドより 
ここに挙げた2点と、記事冒頭のピエモンテ州のぶどう畑の写真は、いずれもユネスコ世界文化遺産に登録されている地区。農業が景観価値に寄与している例

トスカーナ州 シエナ県のオルチャ渓谷 牧歌的な農村風景が美しい。

ヴェネト州 コネリアーノ、ヴァルドッビアーデネのプロセッコ栽培丘陵群。

農業が単に食糧生産をする活動に終わらず、地域の自然資源の保護や強化、建築物を含む農村景観を特徴づけ、文化・伝統的価値を磨き伝えるという重要な役割を担っていることが明確に伝わってくる内容である。また、アグリツーリズムを運営する目的は、都市部と農村部の交流という社会・文化的意義を押さえながらも、農家の所得向上を目指すことが重要であるのが理解できる。
多機能農場と資源活用
 
さて一言でアグリツーリズムといっても、施設や活動の規模から、ターゲット層に合わせて提供するサービスの洗練度と価格帯は様々である。一般的に広く普及しているのはいわゆる典型的な、田舎の建物をレストランや宿泊施設に改装した家族経営の小規模なタイプが多いと思われるが、中には多機能型複合施設ともいえるようなケースもある。その一例をご紹介したいと思う。
 
我が家から車で30分ほどの、トレッビア渓谷というエリアにあるボスコ・ジェローロは、この辺りではよく知られた酪農製品のメーカーである。1960年代に、数ヘクタールの借地で小麦やトマト、乳牛用の飼料を栽培を始めたのが農場の始まりだそうだ。それ以来世代交代と事業拡大を経て、2000年にアグリツーリズムと教育農場がオープン。

施設全体のマップ

飼育する乳牛から自社内で製品化する牛乳やチー ズは、近郊のスーパーなどに並ぶ

直売店では見慣れた商品のほか、ミルクの味わいが濃厚なジェ ラートや、同社のチーズを使った詰め物をしたフレッシュパスタ なども並ぶ。

レストラン内部

飼育している乳牛は一部見学できたり、チーズ作り体験などもできる。レストランでは自社の乳製品を活用した伝統料理が提供され、宿泊施設10室も併設。広い屋外にはたくさんの遊具があり、ウサギや山羊などの小動物、池、夏にはプールも利用できる。買い物、食事、宿泊、体験、どれかを利用してくれれば自由に使っていいよ、という形で遊び場は解放されているので、週末にはたくさんの子連れグループで賑わい、子供の誕生日会が屋外の一角で行われていたりする。また、こうした充実の設備を利用してアグリ幼稚園とサマースクールも運営されているのである。
そしてこの施設の取り組みとして目を見張るのが、なんといっても牛の排泄物を利用したバイオメタンガススタンドの存在である。
 
話題が少しずれてしまうが、ここでまず簡単にイタリアの交通と自動車事情をお話ししておきたい。イタリアでは日本のように公共の交通機関がくまなく発達しておらず、都市部に住んでいるごく一部の人達は別として、車がないと大変不便な国だ。その一因としては、冒頭でも述べたように国土に対して人口が日本のように多くなく、イタリア人の約半数は人口2万人未満の基礎自治体に住んでいるという状況も忘れないでおきたい。故に国民のうちの70%近くが1台の車を所有していて(2022年 ACI - Automobile Culub d’Italia イタリア自動車クラブ)、これはヨーロッパでトップの数字なのだ。
 
エコカーの普及についても見てみよう。ACIが公表しているところでは、2022年のデータでエコカーの分類が自動車保有台数全体に占める割合は13,9%で、7台に1台の割合ということになる 。その内訳を燃料タイプで見てみると、LPG 7.2%(2,900,799台)、メタンガス 2.4%(971,583台)、HV ハイブリッド 3.9%(1,556,620台)、EV 電気 0.4%(158,131台)となっている。イタリアの自動車市場で問題視されていることとして、11台に1台の割合で経年30年以上の老朽車両があること。また、充電インフラ網整備の遅れから電気自動車の普及が進んでいないことがある。
対してイタリアが強いのはメタンガス車で、欧州一の保有台数があり、補給網整備においても2023年に営業中だった国内補給スタンド数は1,593ヶ所(休業中のスタンドも含めると1,721ヶ所)と、最前線を走り続けている。
 
 
さて、アグリツーリズム ボスコ・ジェローロに話題を戻そう。時代の変化とニーズを汲みながら徐々に多機能化を図ってきたこの農場では、2018年にさらなるチャレンジを行った。農場内での資源循環を目的に、自家消費専用の発電を目的としたバイオガスプラントの建設プロジェクトに着手したのである。

農場内での資源循環を説明するパネル

一見普通の給油スタンドと変わらない

そして2022年、CNGバイオメタン生産のための2基目のプラントが稼働。家畜の糞尿、わら、トウモロコシの茎などを元に純度約99%のバイオガスを精製し、これは一旦貯蔵用ボンベに充填された後、駐車場エリアに新設した一般車輌用の補給スタンドに送られる。そして誰でもここにやってきて、使い慣れた給油スタンドと同じように、セルフサービスの形で料金を払いガス補給ができる仕組みになっている。農場で飼育する約600頭の乳牛の排泄物を利用し、1日あたり2064立方メートルのガスを生産。これは普通車約100台分を補給できる量だそうだ。
 
これまで廃棄物として扱われていたものが資源に生まれ変わり、すべての農業用車両と乳製品の運搬用トラックをこのタイプの燃料に転換し、必要な燃料は自給自足できている。また、メタン発酵後の副産物はバイオ液肥として畑で利用できる。これにより農場での燃料コストと環境へのインパクトを大幅に削減できたばかりでなく、生産した製品は非常に競争力のある価格で市場に出すことが叶っている。
 
参考までに 2022年のバイオメタン市場価格は平均2.3〜2.7ユーロ/kg(約370〜430円)であったのに対し、ボスコ・ジェローロでの販売価格は1.19€/kg(約190円)。
 
 
農場や農村環境は資源の宝庫。発想を新たに辺りを見回してみたなら、どれだけ価値あるものに(価値を与えていないだけで)溢れていることだろう。次回も引き続きイタリアのアグリツーリズムと農村環境・農業資源の価値化について、ご紹介したいと思う。