内容は、ローカル線の上田電鉄別所線沿線や空き地などに太陽光や蓄電池を導入して、鉄道会社そのもののエネルギーを供給すると同時に、沿線の民間や企業などが連携して進めるというもの。

「脱炭素先行地域の対象」:上田電鉄別所線沿線、沿線自治会(下之郷・東五加・下本郷・中野・上本郷・十人)、沿線公共施設群、市有遊休発電適地
「主なエネルギー需要家」: 住宅2,207世帯、民間施設67施設、公共施設6施設
「共同提案者」:上田電鉄株式会社、NPO法人上田市民エネルギー、有限会社和晃・株式会社Ticket QR、上田商工会議所、八十二Link Nagano株式会社、株式会社八十二銀行、上田信用金庫、みやまパワーHD株式会社


と、なっている。
 
これは、環境省の第4回公募に、民間事業者8社との共同で計画提案書を提出し選定された。2050年までに二酸化炭素排出量を実質ゼロとする「ゼロカーボンシティ」の実現を目指す内容になっている。
市・町の人とのコミュニケーションを深める会議を開催
 
「脱炭素先行地域」の計画が策定される3年ほど前から、市・町の人々とのコミュニケーションを深める「上田リバース会議」を開いてきたのが、NPO法人上田市民エネルギー(藤川まゆみ理事長)だ。

ソーラーパネルの田んぼに立つ藤川まゆみさん

「脱炭素と共に地域振興課題の解決が実現する事業でないと採択されない。地方都市の交通の課題を取り上げ、持続可能な地域づくりを目指している。よくできた事業計画だと思う。計画の策定にあたっては、担当者とかなりやりとりをしました。エネルギーのマネジメント事業部分を作成したのは上田市からコンサルの委託を受けた「みやまパワーHD株式会社」。私たちも、もっと細かく関わりたかったんですけど、そこは中心となる上田市にお任せしました。また、沿線の住宅に結構な数のパネルを設置する計画なので、これまで「市民発電所相乗りくん」を進めてきた私たちが力になれると思う。それと上田電鉄別所線の沿線の皆さんに、いかに鉄道に乗っていただくか利用促進の事業も行う。住宅の屋根の余剰電力で別所線が動いているというのは、気運の醸成になる。同時にモビリティマネジメントの手法で利用促進を進める。今、地方では、自家用車依存が高まり公共交通の需要が減っている。そこを、次に建てる家は駅の近くにしようとか、駅に自転車置き場があったらいいなとか。沿線住民の意識の変容に加えて行動変容に流れが繋がればいいなと思っています」と、藤川さん。
 
有限会社和晃・株式会社Ticket は、QRコード決済アプリを開発された上田市内の会社。電車やバスに乗るとき使える。買い物したら割引になるという事業にも使われたりする。すでにQRコードを使って別所線に乗れるが、今後は、この先行地域の事業で自宅にパネルを付けた人たちが、余った余剰電力を、別所線に売ると、運賃に還元できるポイントが貯まって乗りやすくする工夫を行う予定。
 
「一番のメインは、上田電鉄さん。上田電鉄さんが、やりましょうって言ってくださらなかったら始まらなかった。上田電鉄沿線に太陽光発電と蓄電池を増やして、そのエネルギーを電車の運行にも使って脱炭素を進めます。また別所線利用者を増やして脱自動車依存を促進する。この2本の柱でCO2を減らすことになるわけです」と、藤川さん。
市民が自主的に出資し屋根に太陽光を設置する「相乗りくん」
 
NPO法人上田市民エネルギーは、住宅や倉庫などの屋根にソーラーパネルを付けるための出資を市民一般から募り、太陽光による再生可能エネルギーを、地域に広げてきた。2011年から始まった。太陽光発電を設置したい屋根主と趣旨に賛同した複数の出資者が1つの屋根に相乗りでパネルを設置することから「相乗りくん」の相性で呼ばれている。屋根主は初期費ゼロ円。出資者は10万円から。市民出資でパネルを付け、その売電収入を集め『相乗りくん』の運営に掛った経費を差し引いて出資者に配当される。住宅規模の場合12年経つとパネルは屋根主のものへ。出資した人は、出資額より1割程度が増えるというもの。

最初に屋根を提供すると申し出た屋根主さんと藤川まゆみさん

パネルを相乗りさせた屋根

「今までに、75箇所で約970KWの太陽光発電を増やしてきました。市民の出資額は約1億9000万円になっています。設置場所は、家、倉庫、事業所、工場、公立保育園、信州大学などです。この五年間で一番増えたのは住宅なんです。『相乗りくん』と言えば住宅の印象が濃くなったようなんですけど、地域で存在感のある、例えば『リコージャパン株式会社上田事業所』さんにつけさせていただいたり、『ReBuilding Center JAPAN』という、古い家を壊す時の古材とか道具などを集めてリユースしている企業さんとか、造り酒屋さんとか。結構、事業で使っている電気を再生可能エネルギーにできるなら、ということで「相乗りくん」を利用してくださる地元に密着した事業所さんも、ちょっとずつ増えています」
「今、全国で空き家が増えていますけど、一方で、古民家のリノベーションも増えているわけです。上田では地元の工務店さんが中心になって、まちなかのリノベーションが随分行われている。表通りから1本入った裏通りにリノベーションでお店を増やして、そこで三ケ月に一回マルシェが開かれ、たいへん賑わっています。そういったムーブメントがあり、造り酒屋さんはじめいろいろな業種の人が、まちづくりの活動を進めてきた。そのネットワークの皆さんが太陽光パネルをつけたいという話も時々舞い込んできます」
上田市の「平成 30 年住宅・土地統計調査」によれば、住宅総数 76,280 戸のうち空き家は 13,060 戸。空き家率17.1%。一戸建て空き家は 6,630 戸。一方、全国の、令和4年10月の「住宅・土地統計調査(総務省)」によれば、全国の空き家の総数は、この20年で約1.5倍(576万戸→849万戸)に増加。二次的利用、賃貸用又は売却用の住宅を除いた長期にわたって不在の住宅などの「その他空き家」(349万戸)がこの20年で約1.9倍に増加。とある。
 空き家政策の現状と課題及び 検討の方向性(国土交通省 住宅局 令和4年10月)
市を客観視できる最新データを網羅して会議開催
 
「まず始めたのは上田市のいろんなデータの収集。行政は新しい計画策定時に最新のデータを調査して掲載します。人口推移が将来はこうなるとか。商店の売り上げはどうなったとか。高齢化率はどうかとか。そういったものを150ぐらい抽出して集めて、みんなで俯瞰する。この作業を私たちエネルギー分野だけでなく、建築、福祉、交通の関係者とか、あと市の職員、造り酒屋さんとかも一緒になって進め、これを使ってまちづくり活動がスタートしました」
 
国では、2014年、「地方創生法」を閣議決定。

どの自治体も「まち・ひと・しごと総合戦略」を策定して、将来の町づくりのビジョンを示し、計画を実行することとなっている。というのは、人口減が始まり、高齢化比率が増え、地方では若者の流失が起こっている。そのことから、人手不足、空き家の増大、遊休地の拡大、自治体の財政難などなど、さまざまな課題が生まれているからだ。そのために、新たな仕事の創出や、若者の起業、移住・定住、新規就農、子育て支援、高齢者対策などを推進することとなっている。脱炭素も重要目標となっている。
上田市まち・ひと・しごと創生総合戦略

「データを俯瞰してみると、このままでは上田市は持続不可能としかいえない。人口が急激に減っている。スプロール化(郊外に無秩序かつ無計画に開発が進められること)も、まだ進んでいる。今日だって郊外に住宅地ができてます。その度に水道管や道路が増え、メンテナンス費用が、今、膨大になっている。そのお金を、これから誰が負担するかというと将来世代。今でさえ自治体の財政は大変なんです。人口増加時代、高度成長期から、ずっと同じ方向に向かっていった。上田市は2000年から、人口減になっている。今までの方向がなかなか逆転できないでいる。それを逆転(reverse)させて行こう。それで『上田リバース会議』で再生(rebirth)しようと始めました」
市の都市計画に市民の声を反映させる
 
「『上田リバース会議』を年に6、 7回。小さい会を入れると、もっとやっている。自治体の、いろんな計画を読むと、課題は重々分かっているし、交通とか都市計画とか、何とかしないといけないと市職員の方も思ってます。けれど、自治会や市民からくる要望の一番多いのは、今でも「道を作ってくれ」だそうです。それは気持ちも分かる。でも道を作れば、車は便利ですが、電車やバスに乗る人が減る。道路の整備やメンテナンス費用が増える」

上田リバース会議の様子

「2000年頃に上田市の真ん中を流れる千曲川に大きい橋が二本できた。その頃に別所線の乗客数が急激に減っています。「車のための道路や橋の建設」と「公共交通利用」、私たちの移動の選択には相関関係がある。全体を俯瞰して、じゃあ私たちはどっちに向かいたいのか。住民の要望も多くあるから、行政としては、それを無視して、こちらに行きますとは、強行できない。でも、市民が持続可能な上田市を求めていると声を上げることで行政の背中を押せるかなと思って始めました。そうしたら結構押せていて
上田市都市計画マスタープラン」とか、「上田市地球温暖化対策地域推進計画」など計画の中に上田リバース会議での議論が反映されている。市議会の部長や、市長の答弁などでも「上田リバース会議」に触れたりして、市民と一緒に協働して進めて行きますという声が結構増えてきました」
 
 
会場は、2021年に、新しく建て替えられた上田市役所の大会議室や、創業が大正6年(1917年)の古い映画館「上田映劇」。ここは、藤川さんたちの活動の重要拠点ともなっている。

上田映劇のホームページより①

上田映劇のホームページより②

「『上田映劇』は、まちなかをもりあげるのに重要な施設なんです。そこを借りることが多い。また市内のあちこちの会議室を使うこともあります。以前に『上田市庁舎の改築に活かす、断熱・エネルギー性能公開勉強会』をやった時に、今の市長の土屋陽一さんもきてくださいました。それから小田原市の『株式会社鈴廣蒲鉾本店』さんのZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)も視察に行かれた。それで新しい上田市の新庁舎は一次エネルギー減50%にするという方向になった。完成後、残念ながらZEBにはならなかったですが、1次エネルギー39%減となっている。それでもエネルギー減50%を目指す事業計画が想定され、意見を言ったり勉強会をしたりしたことの成果だと思います」
 

上田市の新庁舎。ホームページより

環境省ZEB関係用語集

ZEBは、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロとするもの。建築の構造や、再生可能エネルギー利用などや省エネなどの条件により呼称が異なる。
上田市の認証は「BELS(ベルス)=Building-Housing Energy-efficiency Labeling System」。
上田市 「上田市庁舎がBELS評価で4つ星の評価を受けました。」(2023年3月14日)
環境省ZEB関係用語集
2ケ月に一回のペースで上田リバース会議を開催
 
「この地域を持続可能にする土台になるテーマを扱うようにしている。その土台がなければ、移住・子育て・教育・福祉政策も成り立たない。地域の経済、インフラが整っていないと、財政を圧迫し市民サービスが行き届かなくなり、移住しても、また出て行かれると思う。まちなかを充実させていくことが必要。ところが今、上田のまちなかは駐車場が多い。しかも地価も下がっている。つまり固定資産税が減っていく。公共交通が便利になって利用者が増えれば、まちなかに出かける人が増え活性化されるでしょう。沿線各地にも拠点があって、駅の周辺などに居住誘導できればいいなと。自家用車も10回乗るうちの1回か2回、公共交通に乗ってくれると徐々に変わっていくと思うんです。例えば、『市民が公共交通に乗りたい。便利だったらもっと乗れると言っている』、と国や都道府県に示すのがこの先行地域の事業の狙いといえるかもしれません。
公共施設は現在も老朽化し、本当は修繕するべきなんだけれども予算がない。一つの原因は公共施設が多すぎて、あまり稼働してない施設も市が維持管理している。利用者が少しでもいると廃止しにくい。公共施設にかかっている費用が、修理・修繕だけでもかなりかかっている。今後の方針が重要になっている。だから『まちづくり』をテーマに会議を行ってきた。地域課題の深淵さを知り、たいへんだけど解決しよう(リバース)と、共感する人が増えると考えたからです。
当初は『上田リバース会議』では取り立てて『脱炭素・ゼロカーボン』を、ほとんど強調していない。言わなくとも交通が便利になりさえすれば自動的に脱炭素ですし、『脱炭素』と言うより『交通』という方が多くの人が共感しやすい。ですが2022年度は『上田市地球温暖化対策地域圏推進計画』の策定の時期に合わせて、市民も一緒に考えるという目的で4回続けてゼロカーボンをテーマに『上田リバース会議』を開催しました。その頃には、日本社会にも脱炭素やゼロカーボンという言葉が浸透し始めていましたからやるやすくなっていました」

※この続きは次号「長野県上田市から広がった市民・地域事業者・市・県連携の来来を見据えた脱炭素の取り組み 上田市民エネルギーの活動 パート2」からとなります。