実際、都市農業が盛んとなっている東京都練馬区の現場に行ってみると、農家が野菜づくりを教える体験農業塾が大人気で、コロナ以降3倍の倍率。参加は30代、40代を中心に、ファミリー層から高齢者まで広がっている。

野菜づくりを農家が教える体験塾が広がり、野菜づくりを覚えて家庭菜園をする人や、ボランティアで農家の手伝いをする人、移住をして地方で農業をする人まで生まれている。

福祉事務所、子ども食堂との農福連携も行われている。学校給食と結ぶ食育の取り組みも早くから実施されてきた。地域コミュニティが豊かになり、もぎ取り体験、料理会、街並み散策など、都市に憩いや交流までも生み出している。

マルシェ、直売所、また、地元農家と連携したレストランを始めとする飲食店や菓子店などもあり、新鮮野菜が身近に、顔の見える関係で入手できるのも好評だ。

練馬区では農園主が指導して行う、農業体験塾が盛んな地域。「練馬方式」と呼ばれ全国に広がっている。平成10年2199だったものが、年々増え続け令和2年では4、211にもなっている。このうちの多くが都市的地域を占めている。

児童の農業体験・食育。東京都立川市「ふじようちえん」

体験農園での豊かな野菜たち(写真提供・五十嵐透・東京都練馬区)

都市の農業の経営体は全国の1割を占める
 

農水省の「都市農業の現状」を見ると、市街地域内の農地は全農地の約2%で6.4万ha。都市農業の経営体は全国の約1割で14万経営体。農業産出額は7%で6、229億円と、かなり大きな比重を占めている。1経営体の耕地面積は全国平均の299aに対して都市農業は66aと小さい。しかし販売金額500万円以上の農業者は17%ある。

農産物では野菜類の比率が圧倒的に高い。東京都特別区(23区)では農業産出額の69%が野菜、果実7%、花卉13%、芋類4%、畜産7%となっている。身近な新鮮野菜が人気なことがわかる。

横浜市では61%が野菜、果実8%、花卉11%、芋類4%、畜産7%、米1%。名古屋市は野菜51%、果実13%、芋類2%、畜産7%、米21%。大阪市は野菜78%、花卉6%、畜産8%、米8%となっている。少なからず畜産もある。それも牧場での体験教室、ジェラード工房など、やはり、ふれあいや体験、加工販売などを重視したところも少なくない。

なにより重要なことは、都市農業は、生産だけではない、都市のなかでの癒しややすらぎの空間、コミュティの場、雨水の保水、生物の保護の場、ヒートアイランド(高温地域の発生)の緩和、防災の役割など、多面的な機能を発揮していることだ。とくに東日本大震災を契機として防災の役割、新型コロナの影響による密にならない空間の確保において、住民の意識を高める住民も増えた。
※「都市農業の現状」(農林水産省)

大手企業で働く人たちのストレスの解消に、野菜づくりが効果があるとされ、練馬区の体験塾では、実証実験も始まっている。

三大都市圏特定市(首都圏=茨城県、埼玉県、東京都、千葉県、神奈川県。中部圏=静岡県、愛知県、三重県。近畿圏=京都府、大阪府、兵庫県、奈良県の中で指定された合計214の市(東京の特別区を含む))の都市住民を対象としたアンケート調査では、都市農業・都市農地を「ぜひ残していくべき」は39.5%、「どちらかといえば残していくべき」31.0%と、保全すべきが70.5%を占める。都市開発を進めるべきは6%。残り23.6%はどちらともいえない、となっている。

東京都八王子の酪農「磯沼ミルクファーム」の体験教室

東京都八王子「磯沼ミルクファーム」での体験教室

都市農業は必要なものとして国が推進
 
国でも都市の農地の保全策が打ち出されている。この背景には、都市住民の農業に対する関心が大幅に変化したこと、また農業の重要性が再確認されたことなどがある。

国の「都市農業振興基本計画」(平成28年)では、『都市農地をこれまでの「宅地化すべきもの」から、都市に「あるべきもの」ととらえる』と明示されている。

基本計画の概要から都市に農地が必要と方針が強く打ち出された経緯をまとめると、かつて昭和60年代は、東京・愛知・大阪を中心とする三大都市圏では人口が増大、地価も高騰し、市街化区域内の農地の宅地化が求められた。
実際、当時の頃の、東京の農地の多かった世田谷区や練馬区などの宅地化は、すさまじいものがあった。多くあった畑や森林などは、瞬く間に住宅地になったことを目の当たりにしている。

こういったなかで、昭和49年に「生産緑地法」が制定。これは都市部で農業を継続したいという要請と緑地確保の必要性から農地等を緑地として計画的に残すために作られた法律。
※「生産緑地法」(国土交通省)

基本計画には、「三大都市圏特定市の市街化区域においては、『保全する農地』と『宅地化する農地』を都市計画により区分することとされ、平成3年の生産緑地法改正により生産緑地地区の土地利用規制を強化した上で、地区内の農地に限り、固定資産税等の農地評価・農地課税及び相続税の納税猶予措置が講じられた」とある。
「生産緑地」は終身営農(三大都市圏以外は20年営業)を条件に相続税の納税猶予(貸借は原則不可)となっていた。
統計を見ると、平成6年に13万7、643haあった市街化区域内農地面積は、年々減り、令和元年には6万3.925haとなっている。一方、生産緑地は、平成6年1万5,362ha、令和元年1万2,497haとほぼ横ばいとなっている。

平成29年に「生産緑地法」が改正された。都市農業が継続的にできるよう措置された。
「面積要件について、500㎡から300㎡に引き下げが可能になりました。小規模な土地も生産緑地に指定ができるようになりました。また、加工施設、直売所、農家レストランの設置が可能となりました」と話すのは、農林水産省農村振興局農村対策部農村計画課都市農業室・新田直人室長。

法の改正により、小規模でも身近な農地を保全できる、直売所やレストランを作るなど、農業経営の支援と住民の満足度の向上に繋がるようになった。
さらに、生産緑地の都市計画決定後30年経過するものについて、市区町村への買取り申出可能時期を10年延長できる特定生産緑地指定制度が創設された。

生産緑地の指定を受けたところは、30年間営農を続けるのであれば農地課税であったのが、令和4年(2022)で、その30年を迎える。しかし、法の改正によって、税制優遇措置を10年間延長。固定資産税は引き続き農地のままの扱い。10年の期限が到達する前に指定を受ければ、さらに10年間優遇措置が延長されることとなった。
また、「田園住居地域」が創設された。田園住居地域とは、住宅と農地が混在し両者が調和して良好な住宅環境と営農環境を形成している地域を、あるべき市外地域として都市経計画に位置付け、開発・建築規制を通じてその実現を図るもの。平成30年(2018)に施行された。

豊かな野菜を提供する都市農業。神奈川県横須賀市。農産物直売所「すかなごっそ」

農家と都市の人の交流を生む名古屋市駅前「オーガニック朝市」

後継者がいなくても個人や法人に貸し出しも可能
 
さらに平成30年、「都市農地貸借法」が設けられた。
※「都市農地賃貸法

「人に農地を貸すと、そこで相続税の猶予制度が打ち切りになりますが、相続税猶予を受けたままで農地を貸すことができるという制度をつくりました。自分で耕作できなければ、担い手に貸すことも可能となりました」(新田直人さん)

実際に、練馬区体験農園園主会・五十嵐透さんは、練馬区で体験農園を運営し、現在、ご近所の農家で高齢のため農業ができなくなった方の農地を借りて、自分の農地とあわせて体験農園として利用している。初代園主会の加藤義松さんのご子息は、近所の農地を借りて、後継者として都市農業を引き継いでいる。

「市民農園を運営している民間企業もあります。そういったところに農地所有者が直接貸し付けるというタイプもあります」(新田さん) 

企業等が実施するものは全国71事例。担い手が農地を借り受けて行うのは全部で40ヘクタールがある。現在、国は全国農業会議所とともに貸借の周知活動を行っている。

このような企業等による市民農園運営は全国に広がっている。
「市民農園にはいくつかのパターンがあります。1つ目は、農園利用方式と言われるもの。園主さんの指導のもとに利用者が農作業を行うもの。練馬方式と言われるもので、区画を分けて栽培を指導してもらうものです。もう一つは、貸付方式で、区画を分けて利用するもの。農地を借りて利用する形です。特定農地貸付法を使って行うこととなります。地方公共団体、JA、NPO、企業などが、一般の人に市民農園として貸し付けるもの。あと、クライガルテン(小さい庭の意味。ドイツが起源の市民農園)のような農地とセットで建物を建てる場合には、市民農園法の手続きを行えば緩和されるというものです」(新田さん)

「都市農地自体は大幅に減っている。しかし生産緑地はほぼ横ばいを維持しています。まずは生産緑地を守っていこうということです。都市農地法を制定して意欲ある担い手さんに貸すことを推進し、地方圏でも取り組みを促していこうとしています。最近では、広島市や高知市指定されています。広島市では災害があったこともあり、生産緑地をふやしていこうという取り組みです。JAも伝統野菜の継承などの取り組みを行っています」(新田さん)

平成28年には「都市農業振興基本計画」が閣議決定されていて地方公共団体は都市農業振興に関する計画を定めるように努めることとされている。令和3年3月現在で、9都府県、75区市町、84の地方公共団体において策定されている。

「新規就農や田舎暮らしをしたい人のための学校をやっている民間企業もあります。平日はオンラインで受講して、土日に畑にいって学ぶ。そういうニーズが増えている。昨年(2021年)アンケートをとったところ、コロナをきっかけに市民農園の関心を持つ人が増加し、都市農業で魅力を知ることをきっかけにして、都市の農業の価値の理解が進むとか、地方移住のきっかけになるのかなと思っています。農園付きの団地も増えています」(新田さん)

野菜づくりができる農園付き団地。東京都多摩市「多摩平団地」

農園付き団地では、東京都日野市の多摩平団地、神奈川県座間市のホシノタニ団地などで実施されている。高度成長期、郊外に多くの団地が建てられた。人口増にともなう措置だった。ところが、当時入居した人たちは、すでに定年を迎え高齢化が始まり、人口減にもなって、空き家になったり、利用が激減する事態となっている。そこで大幅なリノベーションを行い、緑の多い庭付の団地、ドッグラン付き、カフェ、ランドリー、シェアハウスなど、居住者の対象を若い子育て世代に絞り、かつ、シェアできる畑をつくって地域コミュケーションと憩いの場を創り、マルシェなども開催するなど、新たな若い世代を呼び込む新たな実践が行われている。

神奈川県座間市のホシノタニ団地

体験農園では年間20~30種類の野菜栽培ができる(写真提供・五十嵐透)

練馬区・五十嵐透さんの体験農園(写真提供・五十嵐透)

親子での参加も多い体験農園(写真提供・五十嵐透)

ここ10年、毎年2万人近くが新規就農している
 
「令和4年の「農産漁村振興交付金」というソフト予算が約100億円あり、この予算のなかで、都市農業への理解を促進するための支援をしています」(新田さん)
令和6年度農山漁村振興交付金(都市農業機能発揮対策)

「都市農業機能発揮対策」の名称。都市部での農業体験や環境対策、防災機能強化の取り組みを支援するもので、「都市農地の貸借促進」を優先するという位置づけになっている。

都市農業のアドバイザーの派遣、税や相続相談など講習会、全国に向けて都市住民の理解醸成や効果的な情報発信などの取り組み対象となっている。

「あと、地域支援型の事業があります。マルシェ開催による交流促進、市民農園の整備、農作業体験会の開催とかなどへの支援です。アドバイザーをする先生やNPO活動をされている委員などを派遣しています」(新田さん)

これらとは別に、鉄道会社と農水省の連携施策も始まっているという。始まりは都市農業PRイベントで、2021年11月2日「『農』との出会いin池袋」が実施されている。

「都市農業は、都市の町づくりでもある。都心と近郊との農村とをうまくつなげるような場所かなと思っています」と新田さん。

実際、都市の人たちの農業体験への関心は深まり、参加できる区民農園、市民農園も増えている。また都市近郊への移住も増えている。近郊の市や町で農園付きや、緑の多い空間のある住宅の建設なども増えてきている。

練馬区の体験農業塾をもっとも早く始めた加藤義松さんに話をうかがうと、参加者の多くは野菜づくりを楽しみたいという方たちだが、25%は、野菜作りを学び地方で自給自足の生活をしたい、農業をやってみたい、ボランティア活動に活かしたいという、かなりアクティブな人たちだという。

注目は49歳以下で新規就農をする人は、2011年から年間2万人前後で推移しているということだ。農業に関心を深めている若い人は少なくない。

2019年の統計をみると、49歳以下の新規就農は1万8450人。自分で起業したのは2270人。農業法人に就職した人は7090人。親の経営に参加したのは9180人。となっている。(農林水産省)。
令和4年新規就農者調査結果 - 農林水産省
 

農水省では49歳以下で2万人も新規就農があることに注目。そこで就農の窓口を1本化しわかりやすくすることや、受け入れの農業法人の研修支援の施設への補助などが進められている。

また「一般社団法人全国農業会議所」では「全国新規就農相談センター」が設けられ、「就農案内読本」という実に丁寧な新規就農のガイドブックも作成されている。
※「一般社団法人全国農業会議所
※「全国新規就農相談センター

最近は農業の法人化が増えていて、受け入れ体制が整ってきていることで、若い人も参加しやくなっている。法人で就職して地方で暮らすという若い人も増えている。

注目されている大きな動きに、公益社団法人日本農業法人協会がある。全国の農業法人約2000社が参加。広報や相談なども熱心に行われていて、インターシップの制度もある。
※「公益社団法人日本農業法人協会
 

農業研修受け入れ(写真提供・長崎県大村市)

インターシップは2日から6週間で、交通費は自己負担だが、宿泊・食事は無料で参加できる。これも国の支援事業となっている。法人協会の約300社が協力をしている。

これらの活動が今後、都市農業と連携していけば、都市と農村の交流は、より深いものとなり、都市農業体験から、新規就農、農業法人への就職という人も多くなるに違いない。

■参考資料「令和6年度農林水産予算概算要求の概要」(農林水産省)

■この原稿は、『月刊NOSAI』(全国農業共済協会)2022年7月号より編集部の許可を得て転送するものです。