練馬区は、東京23区で、農地がいちばん多い。23区部全体で471.1ha。このうち練馬区は197.7haある。次いで世田谷区94.6ha、足立区46.5ha、江戸川区43.9ha、杉並区35.1ha、葛飾区31.9ha、板橋区14.2ha、大田区2.6ha、目黒区2.4ha、中野区は2.2haとなっている(東京都農業会議平成31年)。

農家戸数は421戸ある(練馬区「農業経営実態調査」令和2年)。1戸あたりの農地面積は0.55haで、全国平均の3.1haからすると小さいが、都市ならではの身近な農業として、新鮮な農産物の収穫体験ができることなどで、多くの人に親しまれている。

JAの農産物直売所も、全国でももっとも早い時期に生まれた。区内には4か所がある。農家が直接農産物を直売するのは約250か所ある。

野菜は、イチゴ、インゲン、えだまめ、オクラ、カブ、カボチャ、カリフラワー、キャベツ、小松菜、サツマイモ、サトイモ、ジャガイモ、春菊、スイカ、ダイコン、タケノコ、トマト、トウモロコシ、玉ねぎ、ナス、ニンジン、ネギ、白菜、レタス、ほうれん草などがある。

果物は、イチジク、梅、柿、キウイフルーツ、栗、ぶどう、ブルーベリー、ミカン、柚子などがある。ミカン、柿、イチゴ、ぶどう、ブルーベリーなどは摘み取りができる農園も多くある。

区民農園の案内

なかでも区民が自ら栽培ができる区民農園が豊富で人気になっている。コロナで、外食や旅行などが制限されるなか、広々とした農地で、新鮮でおいしい野菜が手に入り、運動にも健康にも、環境もいいと参加者が増えている。

練馬区には、農園を借りて野菜栽培ができる区民農園が1926区画。

農家が農地を開放し、プロの農家が野菜作りを教えてくれる農業体験農園が、18園で1963区画ある。都市でありながら身近に野菜作りができ、かつ区民が交流できる場が数多くある。

区民農園で休息施設(クラブハウス)があるのが5園。農具庫(共用・個人用)、クラブハウス(トイレ・調理設備・休息室・更衣室付)、生垣、水道がある。247区画。1区画は約30㎡(利用料金月額1600円)。障害者優先区画は約20㎡(月額1100円)。利用期間は1年11か月。
休息施設(クラブハウス)なしが22園。パーゴラ(pergola=木材などで囲んだ柵)、簡易トイレ、水道、ベンチ、農具庫、看板、掲示板がある(一部、トイレ、ベンチがないところがある)。

とくに注目されているのが、練馬区で1996年に始まった、農家が農地を開放し農家のプロが野菜作りを教える「練馬方式」と言われる「農業体験農園」だ。18園があり、1963区画。

1区画は30㎡(果樹栽培の体験もある「旬感倶楽部」は21㎡) 。

「農業体験農園」の仕組みは、農家が農地を開放して区画割りをし、野菜づくりを1年間指導して種まきから収穫までができるというもの。
畑には、種、バケツ、如雨露、鍬、肥料、マルチ(雑草や保温、保湿に優れたシート)などが用意されていて、手ぶらで行ける。トイレ、水道、農具類、休息場が用意してある。

年間の作付け表が用意してあり、その計画にそって参加者は野菜作りを学び育てる。インゲン、トウモロコシ、枝豆、ダイコン、ジャガイモ、ほうれん草、ラディシュ、キュウリ、トマト、ナスなど普段食べるものが収穫できる。

期間は11か月。最長5年参加ができ、参加費は年間5万円。区民は区の援助があり3万8000円で参加できる。
区は施設整備費・管理運営費の助成と利用募集者の援助を行っている。

たわわに実った農業体験農園の野菜と収穫祭で参加した人たち①

たわわに実った農業体験農園の野菜と収穫祭で参加した人たち②

農家のプロが野菜づくりを教える先駆け加藤農園
 
練馬区は、全国の先駆けとなった農家が教える農業体験農園が始まったところとして知られる。「練馬方式」とも呼ばれている。今では、野菜作りを教える体験農園のノウハウが広まり、都内で100か所以上にも広がった。全国にもおおむね500か所にもなっている。

農業体験農園を最初に始めたのは、練馬区南大泉の「緑と農の体験塾」の加藤義松さん。

西武池袋線の池袋駅から約20分。保谷駅から徒歩10分ほどのところにある。
加藤さんは300年続く江戸期からの農家で「練馬方式」と言われる野菜づくりを教える「農業体験農園」の発案者。始まったのは1996年。

加藤義松さん。農家が教える農業体験農園の発案者

講習を受けて種を植える参加者

この体験農園の開設には理由がある。練馬区では管理が難しくなった農地を借りて、あるいは購入して、区民農園として貸し出している。

練馬区の区民農園の開設は早く、1976年(昭和48年)から実施されていた。

しかし、野菜づくりを教える人がいないので、上手に栽培できない人もいる。実際、区民農園の参加者には、野菜づくりのコツを教えてほしいと、加藤さんのところにやってくる人もいた。

上手にできても、貸し出し期間が1年11か月と短いために、長く野菜づくりをしたくても続けられない。上手に栽培しても盗まれることもある。畑の手入れが悪いと区が整備して土地を畑に戻すには手間もかかる。

それを傍目にみていた加藤さんは、横浜にあった市民参加型の農園を参考に、新たに独自の体験農園を生み出した。

加藤さんは、それまでは普通の農家。練馬区はキャベツ栽培が多かった。しかし都市で野菜栽培をするには農地が狭い。野菜の価格も高くない。とくに流通が発達するようになると、遠くの大型の産地からのキャベツが都市のスーパーに持ち込まれ、安く売られるようにもなった。

市民農園は、まったくのこれまでの農業とは異なるスタイル。農家は野菜を販売するのではなく、野菜づくりを一般の人に教える。畑の管理は農家が行い、農地を開放して区画割して、講習で野菜づくりを教えるというもの。 

参加者は最長5年野菜づくりを学ぶことができる。

それによって、自分の庭先でも、あるいは、別に区民農園を借りて、独自野菜づくりができるようになる。習って、区民農園を借りれば、野菜づくりも上手くというわけだ。そして農家は、講習で収入を得るというもの。
農家が教える農業体験農園が都内に広がる
 
開園当時は「始めても人が来るのか。来ても定年退職の高齢者ばかりではなかろうか」などと心配されていたものだ。ところが今では、親子連れから、30代、40代から、70代まで、幅広い年齢層が参加する人気の農園となっている。とくにコロナ禍になってからは、出かけるところが限られた中で、身近なところで野菜作りができて、健康的、密にもならないと、さらに人気が高まった。

最初に体験農園を始めた加藤義松さんは、現在「全国農業体験農園協会 理事長」。野菜づくりの著作も多くある。

体験農園の参加者への講習。中央に立っているのが加藤義松さん

加藤農園は大きく3つの区画に分かれている。
1・小さいお子さん、高齢者の方が作れる「はたけ倶楽部」。小さいものはプランターで、その他は畑で作るもの。12区画。参加費は年間3万8000円。

2・「アシスト農園」。多忙で畑にこれなかったりする方のためのアシスト付き農園。12画。1区画15㎡。 年間で30種類を栽培。参加費は5万円。

3.農業体験農園。講習付きで野菜づくりをするもの。146区画。1区画30㎡。参加費5万円(練馬区民は区民補助があり3万8000円)


畑には駐車スペースがあり自転車が50台おけるようにもなっている。トイレもある。

加藤農園の一年間の作付け計画表。どの時期、どの種を、どの間隔でまくかまで書かれている

講習は金曜日、日曜日が10時、土曜日が10時と14時にある。

参加者には事前に半年間の作付け計画予定や、注意事項、栽培のポイントなどの資料が配布される。講習では、その週に行う準備、種や、肥料などの説明が30分ほど。畑の隅にある屋根と机と長椅子が用意された場所で行われ、それから、めいめいの畑の場所で、教わったとおりの作業を行う。

畑の隅には、講義ができる屋根付きの道具置き場があり、そこに種、肥料、如雨露、鍬を始め、栽培に必要な道具類はすべて揃えられている。

畑の隅には道具置き場があり栽培に必要な道具類がすべて揃えられている①

畑の隅には道具置き場があり栽培に必要な道具類がすべて揃えられている②

講習では話が丁寧。しかもよどみなくこまやか。みんなの前で、鍬で畑を鋤きながら要領を解説する。畑でいざ栽培となってわからないことがあっても、加藤さんの農園には、アドバイザーがいる。これまで農園に通ってきて野菜づくりを習得した7名が任命されている。初めての人をサポートできるようにもしている。

加藤農園のアドバイザーのみなさん

加藤さんの農園のホームページが充実していて、野菜づくりのQ&Aもこまかく書いてある。

現場の畑では入り口の看板にQRコードもあって、そこから農園のホームページも飛べるようになっている。農園に参加する人たちが30代、40代が中心となって、若い人たちのサポートで発信ができるようにしてある。講習も、どうしても現地に来れない人にはZOOMでも行われている。
地域コミュケーションの場として広がる
 
加藤さんの話は、江戸期からの農業のこと、肥料がどこからくるのか、肥料の役割、鍬の使い方、マルチの張り方、種の巻き方、間隔など、じつにこまやか。キャベツやトマトなども品種が200種類以上あり、その違いや、実際の栽培して、食べてみて、最上のものを収穫して食べることの喜びまで、レクチャーがある。

5月、11月には持ち寄り料理の収穫祭も行われていて、150名近くが参加し、地域のコミュニティの場になっている。NPO法人やボランティが運営する練馬区内3か所の『こども食堂』に月2回、農業体験農園で収穫した野菜の提供もおこなっている。ゴルフの会、親子での花火会なども行われている。

「収穫祭では自分の野菜で作った料理を持ち寄ります。食事のイベントですね。150名くらい集まります。畑の横に椅子もある。屋根付きの部屋もあります。夏は、畑で線香花火をしたり、スイカ割をしたりします。子どもたちが喜びますね」と加藤さん。

講義のあとで畑で実際のマルチの張り方を指導する加藤さん(右手前)

実は、海外の市民農園の視察旅行も実施されている。加藤さんが体験農園を始めて間もなく、海外の商社に勤めていたかたがいて、ハワイにも市民農園があるということから、市民農園の視察旅行が行われた。それがきっかけて、海外の市民農園や農業を学ぶツアーが生まれ、これまで台湾、ベトナム、タイ、中国など17か国の研修旅行が生まれた。参加希望者を募り、約30名近くが参加してきた。コロナからは中断しているが、収束後は再開予定だ。

「以前、東京農業大学で参加者の調査を行いました。参加目的の75%は野菜づくりを覚えたいという方々。残りは、農業者になりたい、ボランティア活動をしたい、野菜づくりの技術を覚えて海外へ技術指導に参加したいという目的意識の高い方も多いことがわかりました。講習をする側にも、それなりのレベルが求められますね」と加藤さん。

実際、練馬区で野菜づくりを学び、地方で農業を行う人や、小さな畑付きの住宅のあるところに移住して、自家用の野菜作りをする人も多く生まれている。

加藤さんの家の近くにイギリスの方が引っ越しをしてきた。なぜと尋ねたら、ベジタリアンで、新鮮な野菜が身近に安く手に入るという理由からだった。

体験農園から、国際交流にまで広がっているから驚きだ。

加藤義松さんの息子さんは、JAでの勤務のあと、「緑と農の体験塾」のお隣の農地1.5haを借り受けて、トマトを中心に農業を行っている。ここではコインロッカー式の無人販売機で販売されるカラフルトマトが大人気だ。

体験農園という新しい農業のスタイルを生み出した「練馬方式」。この園主会があり、現在は、練馬区土支田にある「イガさんの畑」の五十嵐透さんで3代目。西武池袋線石神井駅からバス20分ほどのところにある。五十嵐さんは、会社勤めのあと、父親がなくなったこともあり農業を継ぐことに。最初はキャベツ栽培だったが、加藤さんの体験農園に興味を持ち、やり方を学び、1999年からスタートした。1区画3m×10mの30㎡の体験農園。

五十嵐透さんの農園の案内看板

五十嵐透さんの農業体験農園での指導。右端が五十嵐さん

福祉作業所の畑のお手伝いで参加しているボランティアの方と五十嵐さん(左から二人目)

全部で48a。自分の畑では80区画。お隣の高齢で農業が維持できなくなったことから、借り受けた農地で37画。全部117画がある。

「農業体験の価値は、参加した人が自分の生活の一部として楽しんでもらえること。野菜を収穫して日常に食べる人が多い。小さいお子さんがいて体験させたいという人もいる。畑が身近にあることを喜んでくださる。朝食前、夕ご飯の買い物ついでに畑に来て野菜を摘んで、食事に使う人もいます。参加申し込みされる方の8~9割は次の年も申しこみされます。近所の福祉作業所の方から野菜づくりをやりたいと話があり、ノウハウを習得したうえで、独自に野菜を作れるようにしたいとのことで、障害の方々の野菜づくりが、2年前から4区画分で始まりました」と五十嵐さん。

体験農園の17農園では秋に、参加の人たちの野菜づくりの品評会も開催もされている。それぞれの園主が夏場に野菜づくりの様子を見て、10区画の参加者を推薦。それを五十嵐さん農協の職員が巡り賞を送るというもの。練馬区の農業は多彩な広がりを見せている。

■農業体験農園:練馬区公式ホームページ
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/nogyo/hureai/taikennoen.html

●この原稿は『月刊NOSAI』(公益社団法人全国農業共済協会)2022年5月号掲載のものを編集部の許可を得て転載したものです。