1次エネルギーとは、石油、石炭、原子力、天然ガス、水力など、加工されていないエネルギー。そのエネルギーを、公共の既存の庁舎から大幅に削減したというのだから興味深い。それも既存建築物で全国初のトップの事例として環境省で登録された。
参考:久留米市環境部庁舎

1次エネルギー削減率106%となっていて、そのことで2021年「エコプロアワード国土交通大臣賞」、「省エネ大賞資源エネルギー庁長官賞」を受賞している。

ZEB化の取り組みで受賞したトロフィーが飾られていた

ZEBは、いくつかの定義がある。
 
①ZEB(ゼブ) 省エネ・創エネでゼロ以下まで削減。
②Nearly ZEB(ニアリィ・ゼブ) 省エネ・創エネで25%以下まで削減。
③ZEB Ready(ゼブ・レディ) 省エネで50%まで削減。
④ZEB Oriented(ゼブ・オリエンテッド) 延べ面積10,000㎡以上の建築物を対象(学校・工場・ホテル・病院・百貨店など)30~40%を減らし、さらに省エネに取り組みを行う。
参考: 環境省 ZEBの定義

(環境省ホームページより)

久留米市の市役所は、つまり、①ZEBの、フルゼブとも呼ばれる省エネ・創エネでゼロ以下にし、しかも今ある技術を使い、既存の建物で行った全国の初の事例として高く評価されたというわけだ。

どんな仕組みで、できたのか、どうしても知りたくて、そこで現場を訪ねることにした。
横断組織のチームメンバーが連携
 
 福岡県久留米市は福岡の南部に位置する。人口301,703人(2023年9月1日時点)。 面積229.96km2。

久留米市市役所に伺ったらZEBを実施したのは久留米市環境部の古い庁舎。本庁舎から車で10分ほど離れたところにある。

対応してくださったのは、都市建設部設備課計画(兼)エネルギー支援チーム片山大樹さん、都市建設部建築課計画チームリーダー赤坂慎一郎さん、環境部環境政策課事務主査境邦匡さん、環境部環境政策課山部真史さんの4名。最初からのチームメンバーは赤阪さんのみ。あとのメンバーは異動になった。説明は境邦匡さんが主に話をしてくださった。ちなみ異動があったことで、役場内での理解とノウハウの連携が広がるという好結果にも繋がっている。

役場の横断組織「ZEBチーム」の面々

環境部の庁舎内。一見、なにもかわってないようにみえる

久留米市環境部の庁舎は、施工1990年の鉄筋コンクリート地上3階建て。延床面積2.089㎡。

建物は、もともとゴミ収集車の車庫として使われていたもの。そこへ環境部か移ってきたことからZEBの取り組みが始まった。役場職員の若手メンバーで自主的に始まったというのだから驚きだ。

1階がまるまる収集車の出入りするようになっていて天井も高い。ここに市の環境部が移ってきた。ところが1階車庫の天井はコンクリートむき出しで断熱も考慮されていなかった。風が吹き抜ける。1階の上にある執務室は冬は熱が奪われて異常に寒かった。職員は個人で床にダンボールを敷いて断熱材を置いていたほどだった。あまりの寒さで霜焼けになる人もいたという。土日には冷え切ってしまい、月曜には仕事もできないという状態だった。そこから断熱をして部屋を暖かくしかつ省エネができないかと役場職員の模索が始まった。

空調設備の改修が必要。しかし予算は限られている。そんなとき環境政策課の職員が、設備課・建築課に相談したところ国で進めているZEBがあることをすでに知っていて、そこから連携が始まる。

2016年、環境政策課・設備課・建築課の部署横断の有志による「ZEBチーム」が生まれた。
後押しとなった久留米市地球温暖化対策実行計画
 
後押しになった背景には2019年3月に「久留米市地球温暖化対策実行計画(事務事業編)」が策定されていて、2030年までにCO2の温室効果ガス40%削減の目標が掲げられていた。

しかし実際に地元の業者に問い合わせところ、既存の建築物のZEB化は新築に比べて困難との回答だった。どこに問い合わせても答えは無理というもの。

最初から計画を進めていた都市建設部建築課計画チームリーダー(当時)赤坂慎一郎さんは「ほんとに、心が折れそうになりました」と言う。
ところが職員がネットで探したのが岡山県にある「津山市総合福祉会館(社会福祉法人 津山市社会福祉協議会)」。施設は、地上4階、延べ床面積2,286 mの既存建築物。

ここにZEBチームで視察にでかけた。
すべてある技術を使うことでエネルギー削減はできる
 
屋根や壁に断熱ポリスチレンフォームを張り、窓は二重のLow-Eペアガラス。空調は全熱交換器で空調負荷を最大限削減し最適能力の高効率エアコンを導入。照明は高効率LEDと照度センサ、人感センサを活用する。BEMS=ベムス(ビル・エネルギー管理システム=Building and Energy Management System)で、用途別のエネルギー使用量、部屋別空調使用量を把握することで使用人数の変化、使用時間の変化があっても柔軟に対応し大幅な省エネが維持できるというもの。
【写真】久留米市環境部庁舎で取り入れられたエネルギー利用の見える化BEMS=ベムス
すべてが、今、ある技術を組み合わせたもので、1次エネルギー減58%。使用エネルギーが減った分を福祉に回すというものだった。

「窓のサッシもそのままでガラスを変え、空調とLEDで、できると知って目からウロコでした」と赤坂さん。
空調の全熱交換器とは、例えば夏場で言うと、室内の冷やした空気を、そのまま外に出すのではなく、外から入る空気を、中の冷気で冷やすことができる。このことでエネルギーを7割以上節約できるというもの。

ここからZEBプランナーと意見交換が行われ既存建築でもZEBができると確信したという。
そして調査を開始。公募型プロポーザルで「備前グリーンエネルギー株式会社」(岡山県備前市)が採択された。「津山市総合福祉会館」を手掛けたところだ。

こうして2020年に設計が行われ同年7月設計段階でZEB認証を受け2021年に竣工した。
 
既存建築をそのまま使い「見どころがないところが見どころ」?
 
久留米市のZEB実現のポイントは、三つある。
①横の連携がとれていること。
環境政策課、建築課、環境政策課の若手メンバーが自主的に動いたことだ。
「職員の横断による有志の連携で生まれた取組で勝手に「ZEBチーム」と自ら呼んでいる(笑)。やる気のある者が集まりできたんです」とは、環境部環境政策課事務主査の境邦匡さん。
②汎用の技術でできたこと。
建物が40年近く経っている。既存の建築のZEB化は制約があり非常に困難。費用面で難しいとされたなかで汎用の技術でできたこと。
「既存の建物をそのままに使っているので、とくに見どころというのはない。それで『見どころがないのが見どころ』と言っています(笑)」(境さん)
③地域の事業者の組み合わせでZEBを実現したこと
結果的に役場内でノウハウが形成され、しかも地元事業者にふることで地域経済にも繋がった。
庁舎内にはエネルギー利用の案内がされて一般の方にもわかるようになっている。

久留米市は1市4町が合併。かなりの施設を抱えている。建造物も徐徐に老朽化し始めている。改修費や建て替えの費用、また維持管理費も高騰していることが試算されている。建築資材や工事費も高騰している。そんななかで既存施設からどうやって温室効果ガス削減をするかということからZEB化が検討された。また国の方でも自治体は、率先してZEBを推進することが求められている。

改修が画期的なのは通常業務をしながらできたことだ。
ZEB化を実現できた5つの取り組み
 
改修内容は、大きく5つの取り組みがされた。
①外皮断熱の強化1
1階駐車場がピロティ方式(2階以上の建物で地上部分が柱を残して空間とした建築形式)。2階の床の裏側は吹き付け塗装のみで熱が奪われていた。これをウレタン系断熱材(不燃)35mm吹付けた。費用を軽減するため吹付けたままの露出仕上となっている。

1階天井のウレタン断熱材の吹付け。時間が経過して茶色になっている。これで冬期でも足元の温度は17度以上を保てるようになった。2階執務室の天井と足元の温度差は6度と開きが少なくなった。

②外皮断熱の強化2 
窓ガラスのガラスを真空ガラスに交換した。既存のサッシ枠・障子を、そのまま流用して利用。工事も週の土日で行い実質4日で終了し執務にまったく差し支えなくできた。ガラス交換前は1枚ガラスで、すぐ外を走る新幹線が通過するときの騒音がひどく仕事にも差し支えていた。ところがガラス交換で音が聞こえなくなった。
ただし建物の北側は防災目的での厚めの網入りガラス窓となっていて、そこだけはガラス交換ができなかった。冬場の結露が心配されたが空調機の向上で避けられる結果となっている。
 

ガラス交換ができなかった北側の様子

③空調・換気設備改修 
改修前は、空調・換気方式は、ガス吸収式冷温水機(30RT・20RT)・ダクト用換気扇(28台)。空調能力(kw)は、冷房175kw、暖房170kw。

改修後は、電気式パッケージ(14台)、全熱交換換気扇(11台)、ダクト用換気扇(5台)。
(註:換気扇は直流電力で動くDCモーター)。冷房97・5kw、暖房109・kw。改修により空調能力は冷房で44%、暖房で36%の削減となった。

全熱交換換気扇により窓を開け閉めしなくとも十分な換気を確保し、換気による温度変化を抑える。そのことも節減に繋がっている。
④照明設備改修 
改修前は、蛍光灯が中心で一部LED。改修後は、すべてLEDに。さらにセンサを入れて、外が明るい時は、照明の明るさが抑えられるなどの調光機能がつけられた。これによって消費電力を5割削減。

また、昼休み時間の照明はお客さんの出入りするところは明るくしてあるが、執務室においては明るさが30%減になるようにタブレットで設定されていて、いちいち切り替えなくてもいいようになっている。

18時30分には自動で消灯する。消し忘れを防ぐようになっている。
 

1階にあるEV

⑤太陽光発電・蓄電池(リチウムイオン蓄電池付太陽光発電システム) 
屋上にスペースがあったことから、太陽光発電52・1kw。蓄電池89.2kwhを設置。晴天のときは、太陽光でほぼまかなえる。あまった場合はEV( Electric Vehicle=電気自動車)にため込める。
 
停電時には自動で運転。電気の基本料金はピーク時の電力を基準にされることから、電気をピーク時に供給し押える仕組みにもなっている。そのことで年間の電気料金を20万円から30万円を減らすことになった。また余剰な電力は売電もされている。
 

屋上にある太陽光の施設①

屋上にある太陽光の施設②

これらの複合的な取り組みで費用を大幅に削減。費用2億500万円を、公庫補助金1億3000万円(補助率:3分4)を得て実質負担額は7,500万円。年間コスト削減額は290万円。6・7年で回収できるものとなった。

ZEB化で、大幅にエネルギー代金を減らすことができた。執務では、パソコンに電気を利用をしているので、九州電力から電気購入は従来どうりあるが72%が削減。都市ガスの料金も99%減。空調の電気代金も精度向上で26%減となっている。

CO2削減は90数%を超えた。

改修後の室内環境調査もされ、改修前は、窓際付近は、冬場は寒い、夏場は暑いということがあったが、ほとんど支障がないこともわかった。また足もとの温度は17度以上に保たれ、天井と足元の温度差は、普通なら10度から15度差あるものが、上下6度差と、かなり快適に過ごせる温度が保たれている。
 

庁舎内に掲示されている「本日の発電量」

ノウハウを生かしてほかの建築物のZEB化を調査
 
このノウハウを生かし、いくつかの調査計画がされ取り組まれた。 

企業局合川庁舎・上下水道部の建物
築52年(1969年竣工)。汎用性の技術を使い、断熱性の向上、高効率設備(照明、空調、換気等)の導入、設備の制御の最適化などを適切に行うことにより、古い建物でもZEBにできる可能性が高いことが明らかになった。電気式空調が一般的で、ガス空調は難しいと言われたなかで実現した事例。(2022年1月。一次エネルギー減67%)

中央図書館(竣工1978年)
歴史的建造物で外観変更の制限があるなかでのZEB化の実現をした建物。ブリジストンの創業者の石橋正二郎さんが寄付された石橋文化センター。久留米市の芸術家の拠点であり美術館やホールがあり公園がある。

③久留米市総合幼児センター(竣工1979年)
設計では、子育て支援、保育所の機能を維持しながら、ZEB化が実現できることが可能ということがわかっている。2023年。一次エネルギー減75%)

④イベントホール・えーるピア久留米(竣工2000年)
延床面積1万平米を超えている。大きくなるほど実現のハードルが高くなる。全面がガラス張りでカーテンウォール(取り外し可能な壁)があるなど構造的な制約がある建物でも十分がZEB化ができることがわかっている。一次エネルギー減48%以上が予定。

このほかの複数の建物でもZEB化ができないか検討がされている。

庁舎内に掲示されたZEB化の内容紹介

図書館のZEB化は全国初。年間コスト465万円減
 
図書館は本が焼けないようにミラーガラスが使われていた。大きな庭があり木々がガラスに映り、それが森の中にようで美しいということで、改修では「絶対にガラスには手を付けないでくれ」というのが、図書館側の条件だった。そのため部分的にLow-E真空ガラスを使った。LED照明,全熱交換換気扇を導入。空調は都市ガス利用のガス吸収冷温水発生機式から高効率空調(GHP)にした。天井が階段状になっていたことから太陽光の設置はできなかった。天井の張替えが必要だったことから3カ月休館。一般の方の入館は休止したが職員の仕事は通常通り行ったなかで改修が行われた。
55%の削減。図書館としては全国初のZEB事例。改修費用は2億6500万円。国庫補助5500万円。年間コストの削減額は465万円となった。

ビルエネルギーマネジメントシステム(BEMS=ベムス BEMS(Building and Energy Management System)が導入されている。環境システムの観える化をするもので、エネルギーの使用状況が管理できる。このことで無駄なく利用ができる。

久留米市既存建築物のZEB調査より

上下水道部合同庁舎
1969年に竣工。築50年を超えるZEB化の実現。(ガス空調を採用したジリエンス強化型ZEB)
既存の水道局庁舎では全国初のZEB事例。環境部庁舎とほぼ同じで、low-Eペアガラス、LED照明、全熱交換換気扇、高効率空調(GHP)、太陽光発電設備、蓄電池が導入された。環境部庁舎と異なるのは売電をせず庁舎内で、すべて消費することとなっている。余ったものは蓄電して使う。
改修費用は、3億7000万円。国庫補助1億6000万円。実質負担額は2億1000万円と当初の計画より大きな額となった。しかし、年間コスト削減額524万円の大きなものとなった。実質回収は21.2年(補助率3分の1)となった。

久留米市既存公共建築物 ZEB 化可能性調査


最初は予算がないなか補助を見つけて調査を開始

「一番当初は、ZEB化は難しいとのことだったので、私たちも本当に、できるかどうかわかっていない部分もありました。研究でZEBチームである程度実現できるだろうと踏んだところで可能性調査を実施した。
ただし、調査には予算がつかなかった。当時、福岡県が出していた環境調査に補助があり、それを見つけて予算を確保したという経緯があります。ただし県全体で総額が1000万円。予算申請を約500万円で出し300万円が認可されました。そこからプランナーを入れての可能性調査を行いました」(境さん)

2年目は予算がなく、国の補助を探して調査を実施。そこから設計・工事へと繋ぐこととなった。
「ZEBは、ゼットエネルギービルということから、エネルギーがゼロと響き上感じてしまいますが、省エネで50%を減らすとZEBと認定されます」(境さん)。

調査をどうやったか。
「建物の現状調査を行っています。ゼブレディを満たす上での改修の省エネの検討をしています。十分達成できるということがわかった上で、次は、ニアリィ・ゼブを満たすための再生可能エネルギーの導入を検討しております。
そのなかでCO2削減の試算、どうしても一時的にイニシャルコストがかかるので、国庫補助を活用した改修年の試算などを行っています。
この調査で投資が見合わないという場合は、ZEB化以外の省エネを検討する形で調査を行ってもいます。投資に見合う改修となるので、過剰投資の抑制にも繋がります」(境さん)

久留米市環境部調査ZEB化改修資料より

環境省・国の補助金は毎年変わることから、費用対効果をみながら決定している。

空調機の改修を迎えた時期の建物を中心に調査を行った。空調機は外壁や断熱の性能によって大きく変わる。空調をしてしまってからZEBを行うとなると投資が無駄になってしまうからだ。そこから可能性調査を行い事業者を公募している。国庫補助を活用するために設計にはどうしてもZEBプランナーの関与が必要となる。公募型プロポザールで全国から募集を行い、そこから詳細な設計を行いZEBの認証をとって、工事公募の入札で施工を行っている。

とくに工事に関しては電気、機械、建築、すべて個別の発注にしている。メリットとしては市内の事業者にZEBの工事に携わってもらうことで地域にもZEBの技術・必要性が理解が深まる機会になっている。

ZEBは当初難しいと言われていたことから、できるかどうかわからないところがあった。しかし、実際に取り組み、また異なる建物の複数の調査をしていくなかで、いずれも汎用の技術でできることがわかった。
 
公共施設に多いRC造(Reinforced Concrete=鉄筋コンクリート造)もZEB化が可能
 
一般的なスケジュールは次のようになる。

1年目=ZEB化改修計画を行う建物の選定。2年目=ZEB化可能性調査orZEB化改修計画策定。3年目=設計仕様書の作成・設計業者の公募・詳細設計・ZEB認証取得。4,5年目=補助金の申請・施工業者の公募・施工・完成検査・補助金報告書。

複数の建物を調査実施していくなかでノウハウ形成ができ、調査・設計を一体化するなどかなり圧縮して実施しておこなうこととなっている。
公共施設に多いRC造(Reinforced Concrete=鉄筋コンクリート造)においてもZEB化ができるとわかっている。
素晴らしいのは職員の自主的動き、それを支える職場環境
 
運用改善の重要性として挙げられていることが、ZEB化を行い改修を行ったあとそのまま運用をせずに、さらに全体を見直し、
●BEMS=ベムスでエネルギーの無駄を把握。①窓開けの禁止(全熱交換換気扇で十分に換気が取れるため②照明センサーの設定(机上500ルクスが目安)③照明スイッチの設定変更④外灯(その他)のLED化など。
●太陽光・蓄電池の運用。①ピークカットの設定。積極的に建物へ放電。②大雨、台風が想定される場合の充電量。通常は下限25%減を災害時は100%充電。などの取り組みがされている。実際に改修を行ったあとも見直しをすることで、さらに細やかな対応で、全体的にエネルギーの削減が可能となっている。

久留米市の素晴らしいのはZEBチームが職員の自主的な動きで生まれ、横断した形で頻繁に会議を行い、それを上司も理解した上で進められたということだ。